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2016.07.25

行田市


永い眠りから目を覚ました行田蓮の、
その神秘的な美しさを満喫できる「古代蓮の里」。

いにしえのロマンを探しに三度(みたび)訪れました。




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(1) 「展望台を望む古代蓮の里」










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(2) 「喜び」










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(3) 「美しき姉妹」










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(4) 「三姉妹」










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(5) 「いにしえのロマンを探して!!」










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(6) 「蓮を愛でて!!」










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(7) 「密やかに咲く蓮の花」










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(8) 「凛として・・・」










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             (9) 「寄り添うて!!」










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(10) 「空に向かって!」1










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(11) 「空に向かって!」2










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(12) 「いにしえから目覚めて!!」










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(13) 「蓮に囲まれて」・・・今日の後ろ姿




この日は、蓮の花が咲いているのが少なく、
葉と花托ばかり目に付きました。
「古代蓮の里」は3度訪れたけど、
今回は、ちょっと失望。
でも、気持ちを奮い立たせて、何とか撮りました。
でも暑くて、疲れたので、
早々に立ち返りました。

いつもいつもご訪問有難うございます(^-^)
                               2016年7月2日撮影
久しぶりにコメ欄を開けました。



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2014.08.07

行田市


 「忍城」を後にして、水城公園・しのぶの池を訪れました。 今回で3回目になります。

水城公園(すいじょうこうえん)は、埼玉県行田市にあり、忍城(おしじょう)の外堀跡を利用してつくられた公園です。

昭和39年4月に開園、県内でも最も古い都市公園のひとつで、水と緑に恵まれた公園です。

公園通りの西側に広がるのが「しのぶ池」です。

ヘラブナやコイの釣り場として人気があるようで、いつ訪れても、太公望で賑わっています。


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   (1)                                  「水城公園・しのぶの池」







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  (2)                                        「憩う人々」







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  (3)                                         「可愛い釣り人」







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  (4)                                           「会話」

      見物人「どうかね?釣れたかな?」        釣り人「いやぁ~、なかなか連れませんね・・・」





水城公園5変更済

  (5)                                            「家族で・・・」

       丁度通りがかった、犬を連れた男性が、適切な位置に入るのを狙って、シャッターを切りました。





水城公園7-1変更済水城公園7-2変更済

(6-1)                                 「交通安全の願い像」
  (6-2)  少年は鳩を空高く掲げ。少女は鳩を胸に抱いています。

            「良い子はきちんと横断歩道を渡りましょうね!」




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   (7)                                        「ギボウシ」(ユリ科)  


芝生公園では、春は200本の桜の名所。 きっと素晴らしい光景を目にすることが出来るでしょうね。

「古代蓮の里」「忍城」を巡って、「水城公園」を訪れましたが、今回を持ちまして、行田とお別れとなります。

最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。                    (2014年7月6日撮影)

明日(8)は、「ニコン撮影ツアー」での作品講評会があります。ドキドキしています。
これから持参する、写真6枚プリントアウトしなければ・・・。
9日は、撮影の予定をしていますし、色々用事があるので、今回はコメ欄を閉じさせて頂きます。
もし、何かありましたら、拍手コメにお願い致します。


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2014.08.03

行田市


古代蓮を撮りに、先日「古代蓮の里」を訪れましたが、その帰りに、「忍城址」に寄りました。
一昨年の12月に訪れたことありますので、2度目でした。

関東七名城に謳われた忍城は、文明年間(1469~86年)の初め頃に築城され、
上杉、北条氏との戦いにも落城せず、石田三成の水攻めにも耐え、戦国の世を生き抜いた名城です。

忍城は明治維新の際に壊されましたが、
現在は、忍城本丸の跡地に往時の面影を再現した、忍城址(おしじょうし)が整備されています。

天正18年(1590)徳川家康が関東に入ると、家康の四男松平忠吉が十万石で忍城に入城します。
以後江戸時代をつうじて、忍城には徳川の譜代や親藩の大名が城主として入りました。

「忍城」は、『のぼうの城』として、小説・映画になって、有名になりました。


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(1)                                           「忍城御三階櫓」
    中は博物館になっています

     一昨年、訪れた時は、12月、色彩がない光景でしたが、
     今回は7月、まわりも緑色に変わっていました。季節によって、雰囲気も変わりますね。
     観光客も沢山訪れていました。


 ◎  「御三階櫓」を色々な角度から狙って見ました。

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   (2-1)     「御三階櫓」に近づいてみましょう。

    (2-2)     御三階櫓の屋根に戴く「鯱」の大きさは1.8mで、日本最大級の大きさです。

   (2-3)     江戸時代をつうじて、忍城には徳川の譜代や親藩の大名が城主として入った故に、
             すべて「葵の御紋」がついています。


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   (3)       忍城の実質的な天守閣として機能した建物で、明治6年に解体されましたが、
             昭和63年に再建されました。

            石田三成らによる水攻めを受けましたが、この水攻めは失敗に終わり、別の形で開城するわけですが          
            「浮き城の町 行田」とのキャッチフレーズとなって今に残っています。
            「浮き城」とは水攻めされた忍城に由来しています。


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   (4)                                     「水面に映った忍城」







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   (5)                                            「堀」






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   (6)                                    「さぁ~、中に入りましょう!」
       1枚目に写っていた、親子連れです。






◎  「忍城おもてなし甲冑隊」
   
    博物館入口前の広場で、「お持てなし甲冑隊」にめぐり逢いました。
    彼らとの遭遇は、今回で3度目でした。3回行田を訪れて、3度も会いました。縁があったのですね。

忍城8変更済

   (7)                                         「勢揃い~~~!」
       今日の広報活動が終了しての、ご挨拶でした。


忍城9-1変更済忍城9-2変更済

    (8-1)                              「甲斐姫のポートレート」
    (8-2)
              甲斐姫は、忍城城主・成田氏長の長女。
              東国一の美女と呼ばれ、文武の道に通じた。      

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    (9)                        「柴崎和泉守」(しばざきいずみのかみ) と 「甲斐姫」
          成田家に仕える家老の一人。
          忍城攻めの際には、長野口を守り奮戦した。


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(10-1)     「酒巻靱負(さかまきゆきえ)」
           成田家に仕える家老の一人。
           忍城攻めの際には、下忍口を守り奮戦した。
                                        (10-2)    「成田長親(なりたながちか)」(のぼう様
                                                   忍城城主・成田氏長の従兄
                                                   忍城攻めの際、忍城城代を務める
                                                   父・泰季が急逝したために、代わりに指揮をとった。
   (10-3)     「七夕祭り」・・・訪れたのが7月6日でしたので、笹飾りが飾ってありました。

          (一昨年訪れた時の演舞のブログを見ることが出来ます) → 演舞



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    (11)                                「帰路にて」







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   (12)     池の鯉を見て、「甲斐姫と、姫を守る、成田家の家臣達」を想像しました。







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   (13)                                       「蓮の甲斐姫」
        2012年に撮影。既出です。今年の甲斐姫の蓮池は、壊滅状態だったので、撮れませんでした故。


忍城址の駐車場が、最初、満杯でした。古代蓮の里を訪れた方たちが、大勢立ち寄ったのでしょうね。
映画『のぼうの城』もヒットしたことだし、広く知れ渡ったのでしょう。              (2014年7月6日撮影)

行田は、「足袋の生産地」としても、有名ですね。日本一を誇っています。行田の足袋

ご訪問ありがとうございました。

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2013.01.20

行田市


文化2年(1805年)、近江の地から横田庄右衛門が酒造りに適した水を探して、埼玉県行田の地にたどり着く。
その歴史は、南部杜氏の心意気と技で磨き上げた芳醇な、手造りの酒、横田の酒として今に伝わる。
行田市長野に湧きいずる忍(おし)の名水”福寿泉”と、さきたまの風土から醸される横田酒造200年の造りと味。  (HPより)

この酒蔵は、平成10年~24年までの15年間に、全国新酒鑑評会で、金賞を15回受賞し、埼玉県35社中第1位、全国1,500社中第2位という素晴らしい成績の名蔵なのです。

この蔵の銘柄の一つは、鑑評会に出品する「日本橋」
もう一つは、古代米(赤米)で仕込んだ「浮城」です。
更に、昨年に、映画にちなんだ「のぼうの城」という銘柄が、発売されました。

横田酒造1

 (1)                        「横田酒造のれん」


横田酒造2

 (2)                   「横田庄右衛門社長より日本酒の出来るまでの説明」


横田酒造3横田酒造4

この時期は、杜氏による仕込みの最盛期だったので、内部見学は出来ないで、外から工場の施設の概要を
横田社長から、説明と共に、ザッと見学しただけでした。

(3) 「精米器」玄米で仕入れた酒造適合米(しゅぞうてきごうまい)を精米し、
      目的の大きさになるまで磨いていきます。
                                     (4)「蒸米」        蒸米(むしまい)の作業が始まります                            釜(甑:こしき)の中には、布で仕切られたたくさ んの浸漬後の酒米仕込まれています

         (クリックすると写真は大きくなります。)

横田酒造5横田酒造6

 (5)     「蒸しあがった酒米を放冷機に移す」        (6)「無菌状態と保つために近づけず」
           (クリックすると写真は大きくなります。)

横田酒造7 (2)

 (7)                 「 銘柄の展示室」 これが15年間で金賞13回受賞の”日本橋”


横田酒造8横田酒造9

 (8)(9) 「銘柄展示」           古代米(赤米)仕込んだ、古代酒”浮城” もあります       
(クリックすると写真は大きくなります)

横田酒造10

(10)                                   「 試飲室」
       色々な銘柄が試飲出来ます、一緒に参加したメンバー達は、嬉々として、試飲していました       
       そして、それぞれが気にいったお酒を購入して帰りました。
       
       私はお酒が飲めないので、お酒を仕込むときに用いる”生水”を試飲してみました。
       まろやかで、とても美味しかったです!!

       横田酒造では、何方も、見学・試飲出来ます。お買い上げも出来ます。
       横田酒造   ←横田酒造のHP

マイクロバスを利用しての、行田行きだったので、個人で廻るよりも、各所を訪れる事が出来た様に思います。
でも、写真仲間達ではないので、私は写真撮影に、忙しく、いつも最後になっていました。
時間がないので、考えて撮ったり出来ないので、記録的な写真になったように思います。

私は以前、ある新聞社に頼まれて、日曜版に、時たま、地方のレポと写真を載せていたので、
報道写真的な、癖は抜けないです。

今回をもちまして、「行田めぐりの旅」は終了します。
最後まで、お付き合い下さいまして、有り難うございました。
またのご訪問をお待ちしています。

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2013.01.18

行田市


さきたま古墳公園」は、行田市の市街地から南東へ約1kmに位置し、大きな古墳が集中して数多くあることで全国的に知られています。

今から1300年から1500年くらい前に建造された古墳が、大きなものだけでも9基もあります。

どういう人が葬られているのか、学術的には定かではないようですが、
大昔武蔵の国に大きな勢力を持って支配していた人々・豪族がいたとの事です。

昭和初年に「さきたま風土記の丘」として整備され、昭和51年から県営の「さきたま古墳公園」として活用されることになりました。総面積は26.5ha。

「さきたま古墳公園」の周辺は、「埼玉」という地名が生まれたところでもあります。

私達は、古墳9基のうち、3基訪れました。

そして、あの石田三成が忍城水攻めにために築いた堤は、全長14kmとも28kmとも伝えられているけど、
現在は旧日光街道沿いに282m程残されていて、”石田堤”と呼ばれていますが、そこも訪れてきました。

埼玉古墳群と石田堤1

 (1)                              「瓦塚古墳(かわらづかこふん)」
      ○形状 前方後円墳   ○規模 全長73m、高さ5.1m   ○築造年代 6世紀前半
      ○昭和13年(1938年)国指定    ○古墳群中6番目の大きさ

埼玉古墳群と石田堤2
 
 (2)                           「 二子山古墳(ふたごやまこふん)」   
      ○形状 前方後円墳   ○規模全長138m、高さ14.9m   ○築造年代 6世紀前半
      ○昭和13年(1938年)国指定   ○埼玉県内で最大 
             二つの山があるように見えることからこの名前がある

埼玉古墳群と石田堤3

 (3)                           「 丸墓山古墳(まるはかやまこふん)」
      ○形状 円墳       ○規模 直径105m、高さ18.9m)    ○築造年代 6世紀        
       ○昭和13年(1938年)国指定    ○円墳では全国1位

埼玉古墳群と石田堤4
                            
(4)                           「 丸墓山古墳(まるはかやまこふん)」
     1590年(天正18年)忍城攻略の命を受けた石田三成が丸墓山古墳の頂上に陣を張った。
    三成は忍城を水攻めするため、丸墓山を含む半円形の石田堤を28kmほど作る。
     埼玉古墳群の大型古墳で登ることができるので、頂上まで、昇りました。
        頂上では、見晴らしがとてもよく、忍城御三階櫓を小さく見る事が出来ました。
        三成がここに本陣を張ったのも頷けました。

埼玉古墳群と石田堤5
 
 (5)                               「 石田堤沿いに設置された木製の見晴台」
        石田堤史跡公園(いしだづつみしせきこうえん)内

埼玉古墳群と石田堤5 (2)
 
 (6)     石田堤史跡公園(いしだづつみしせきこうえん)は
       戦国時代の1590年に石田三成が忍城(埼玉県行田市)を攻めたとき水攻めために築かた
        堤(石田堤/総延長28km)跡を中心とした史跡公園です。

埼玉古墳群と石田堤7 (2)埼玉古墳群と石田堤6

 (7) 「石田堤」の松並木                           (8) 「石田堤」

総延長28kmに及ぶ堤をわずか1週間で作り上げたと言われるが、実際には自然堤防や微高地を巧みに繋ぎ合わせたものと思われる。堤が完成した後、利根川・荒川の水を引き入れたが、城にはあまり水が溜まらなかった。
その後、増水したため、堤が決壊して石田方に多数の溺死者が出て、水攻めは失敗に終わった(HPより)


今回は、埼玉古墳と石田堤をご紹介しました。タイムスリップしたみたいです。

大規模な古墳群を見ると、1300年・1500年も前に、この様なものが作られていたと言うことに驚嘆を覚えます。
現在の日本の土木技術が、歴史の基礎の上に築かれているのでしょうか?謎です?

いつも。いつもご訪問有り難うございます。 (2012年12月8日撮影)

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プロフィール

梅サクラ

Author:梅サクラ
写真で、日本の季節を捉えて、表現。
人物写真も好きです。
報道写真は、以前ある新聞社のクラブに入って勉強。
映画も良く観ます。映画は心の糧。
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