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2015.03.11

皇居東御苑


三寒四温・・・暖かくなったと思ったら、寒さがぶり返して、数日、冬に戻ったように寒いですが、

自然界は、着々と、春の訪れを感じさせてくれますね。

この時は、皇居東御苑から千鳥ヶ淵と回って、桜田門で、休み、ラストは、皇居正門石橋で記念撮影。

約10㎞、約1万歩、歩きました。さすが、疲れましたが・・・。


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  (1)                                        「皇居正門石橋」  
        
        通常、”二重橋"と呼ばれているけど、この橋の奥の黒い鉄橋(正面鉄橋)が「二重橋」との事です。

        奥に三つ目の櫓の"伏見櫓”が見えますね。






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(2)                                          「大手濠」

       「鵜」が、2羽休んでいました。








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  (3)                                      「桃華楽堂(とうかがくどう)」
      
       陶器で壁画が描かれています。図柄は竪琴。
  
       桃華楽堂は、昭和41年2月に完成した、”音楽堂”で、
       音楽好きの香淳皇后(こうじゅんこうごう)陛下の還暦記念として建設されました。
      「桃華」の由来は、香淳皇后陛下のお誕生日が三月なので桃の節句にちなんで桃とし、
       華の字形は十が六個と一で構成されていることから還暦(数え年61歳)を意味するということで命名されました。



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(4)                                             「水温む」
       








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(5-1)           「写すよっ!!」

                                                    (5-2) 「田安門の桜」
                                                         門の影の所をバックにて、
                                                         桜を浮きだたせて、
                                                         多くの見物客を取り入れました。
田安門は北の丸地区北側の靖国通りに面した位置にあります。
現在の門は寛永13年(1636)のもので、現存する旧江戸城建築遺構のうちで最古のものです。


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  (6)                                        「早春の息吹」










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  (7)                                         「千鳥ヶ淵」1

  皆さん、楽しそうに、ボートを漕いで、春を楽しんでいました。








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(8)                                          「千鳥ヶ淵」2
     
     桜と言えば、「千鳥ヶ淵」と言われ、とても有名な所ですが、時期が早く、桜は、まだ一分咲き?で残念でした。
     今度は、桜が満開の時に、訪れたいものです!!








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(9)    「桜田門濠」から、桜田門が見えます。

       「大手門」→東御苑→「田安門」→「靖国神社」→千鳥ヶ淵→「半蔵門」→「桜田門」→皇居正門石橋を通って、
       帰途に着いたのです。
       この時は、撮影会ではなく、「街歩き会」だったので、ゆっくり撮影する時間はなく、忙しかったです。



2月11日に「熱海梅園」に撮影に行ってから、リアル世界の事が忙しく、約1ヶ月、撮影に行っていません。
横浜「CP+」や「豊岡教会」などは、訪れたついでに撮ったものですから・・・。

蔵出し写真です。トホホ・   ◎◎年3月27日撮影

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2013.10.24

皇居東御苑


歴史シリーズNO3・江戸城に思いを馳せて第三弾です。

今回で、江戸城に思いを馳せては、終了となります。

説明などが、多くてご訪問下さった方は、とてもお疲れになった事と思います。

で、第三弾は、少しリラックスして、花々なども取り入れました。

今回の重要な遺構は、「桜田門」です。

そして、そこで起きた、衝撃的な、一大事件「桜田門外の変」は、

小説、ドラマ、映画などで、お馴染みだと思います。


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(1)                                  「本丸跡地」
    現在は、本丸跡地として、大きな芝生の広場になっています。
    本丸跡地の芝生で、訪れた人々が、思い思いに憩うていました。外国人の方も多かったです。


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(2-1)       「皇居正門石橋旧飾電灯」
     この電灯は、皇居正門石橋に明治21年から設置されていた飾電灯です。

(2-2)                                         「白鳥濠の石垣とススキ」

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(3)                                   「二の丸庭園1」
   江戸時代、二の丸には、小堀遠州が造り、三代将軍の徳川家光の命で改修されたと伝えられる
   庭園がありましたが、長い年月の間にたびたび火災で焼失し、明治以降は荒廃していました。


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(4)                                      [二の丸庭園2」          
    現在の回遊式の庭園は、昭和43年の皇居東御苑の公開の開始に当り、
   九代将軍徳川家重の時代に作成された庭園の絵図面を参考に造られたものです。


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(5)                                     「今と昔の光景」
     前回モノクロでアップした「百人番所」前です。



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(6)                                     「芙蓉とビル群1」  
    前回アップした「石室」の近くにひっそりと咲いていました。



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(7-1)         「芙蓉とビル群2」
(7-2)                                       「芙蓉とビル群3」 


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(8)                                   「ひっそりと」



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(9)               「大手門を潜って、現実の世界へ・・・」



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(10)                           白鳥が一羽、見送ってくれました。


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(11)                            「桜田門渡櫓門(さくらだもんわたりやぐらもん)」」
     
     桜田門は寛永13年(1636年)に徳川家康が入府際に修築されました。
     桜田門は、第一の門(高麗門)と第二の門(渡櫓門)の二つの門からなっている。
     

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(12)                             「桜田門高麗門(さくらだもんこうらいもん)」

    現存している城門の中では最も広い 規模。大正12年の関東大震災で破損し、
    その際に鉄網土蔵造りに改修された。昭和36年、国の重要文化財に指定された。
     
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(13)                       
                                      「桜田門外の変」(絵はネットからお借りしました)
      安政7年(1860)3月3日、勅許なく安政の仮条約に調印し、
      安政の大獄などで弾圧を行った大老井伊直弼(いいなおすけ)が、
      水戸・薩摩(さつま)の浪士らに桜田門外で暗殺された事件。
          桜田門と彦根藩邸の距離は600m。


以上です。                            (2013年10月10日撮影)

で、前回、天守閣再建について、説明不足の所があったので、誤解を招いた所もあったようです。

『「江戸城天守を再建する会」という、認定NPO法人の民間団体があります。
一切の政治的、資金的、思想・宗教的バックを持たず、純粋な一民間団体。

この会は、平成18年に設立され、今年で5年目を迎えています。
オリンピックが開催される事が決定した前から活動を始めていました。

会員は、平成25年5月現在で、約3000名。お城ファン、歴史ファンだけではなく、
日本や東京の活性化という面で関心を持たれている方も数多くいるそうです。

会長は、あの江戸城を造られた、大田道灌の第18代子孫に当たる、太田資暁。

費用は、税金を使うのではなく、協賛企業や個人から寄付金を募る・・・との事です。

また工事にあたる宮大工は、全国に200人くらいはいるけど、その人達は仕事がないので困っている。
もし江戸城天守が再建されるとなれば、全国から、宮大工の皆さんが馳せ参じる。
そうした宮大工の人たちの伝統的な技術を後世に伝承するという意味にもなる。

問題は、宮内庁の許可がおりるか?など、難しい問題があるけど、世論に掛っているとの事。
2012年から署名運動を始め、初年度は7000人の署名が集まる。2013年の目標は1万人。
その後、3万・5万・10万と増やしていきたいとの事。

この天守台を訪れた外国人から、しばしば、「どうして、ここにタワー(天守閣)がないのか?」と聞かれる。』  
(「江戸城天守を再建する会」のHPより抜粋)

江戸城再建のQ&A
疑問に対して、詳しい答えが載っています。興味がある方は、こちらを読んで頂きたい。

なんだか、どっぷりと、関わってしまいました。でも、色々と勉強になり、知識が増えました。

最後まで、お付き合い下さいまして、本当に有り難うございました。

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2013.10.22

皇居東御苑


歴史シリーズ第三弾、江戸城に思いを馳せての②です。

皇居東御苑の[出入門]は、大手門・平川門・北桔橋門(きたはねばしもん)の3箇所になります。

特に予約などは必要ありませんが、門で「札」をもらって入ります。

帰り門を出るときにその「札」を返しますので失くさないようにしてください。

「出入門」であれば、入った門でなくても出られます。

●問い合わせ先:宮内庁 管理課参観係
      (火~木)    03-3213-1111(代表)内線3621
      (土・日・祝日) 03-3213-2050

では、園内の先に進みましょう。


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  (1)                                     「天守閣跡」

    江戸城の天守閣は、二代将軍秀忠の代に建設され完成しました。
    その後、たびたび修築され、三代将軍家光の代に、
    江戸幕府の権威を象徴する国内でも最も大きな天守閣が完成しました。

    天守閣は、地上からの高さは58mあり、
    天守閣の基礎石積みは、44メートル四方、高さ18メートルで、
    その上に金色のシヤチを頂く外観五層、内部6階の天守がそびえていました。
 
    しかし、明暦3年(1675年)の大火(振り袖火事)で焼失した後は、再建されていません。
    城下の復興を優先すべきとの、家光の弟で、初代会津藩主の保科正之の提言によります。
  

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(2)                                     「天守台の石垣」   
     基礎石である石垣だけが残っています。
     現在の石垣の高さは約10m。
     天守台の石垣の石切は、四方すべてが整然として、さすが、他の石垣とは、違いますね。


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(3)                                   「桃華楽堂(とうかがくどう)」
   江戸時代ではないけど、「天守台」の右側にありますので・・・。
   桃華楽堂は、昭和41年2月に完成した、”音楽堂”で、
   音楽好きの香淳皇后(こうじゅんこうごう)陛下の還暦記念として建設されました。

  「桃華」の由来は、香淳皇后陛下のお誕生日が三月なので桃の節句にちなんで桃とし、
   華の字形は十が六個と一で構成されていることから還暦(数え年61歳)を意味するということで命名されました。

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(4)                  「香淳皇后陛下」 (お写真はネットよりお借りしました)
    
     昭和天皇陛下の皇后で、今上陛下の母君。



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(5)                                     「本丸の跡」

    本丸地区は、江戸城の中心をなし、周囲に石垣と濠をめぐらした高台で、
    約13万平方メートル(約4万坪)と最も広い場所です。
    江戸城は、天正18年(1590年)の徳川家康入城以来、秀忠、家光の三代にわたって完成されたのですが、
    その当時の本丸の建物は”表・中奥・大奥”からなる壮大豪華な殿舎(面積約一万一千坪)が所せましとたちならんでいました。
    現在は、本丸跡地として、大きな芝生の広場になっています。
    芝生の彼方に、現代のビル群が、立ち並んでいるます。
  
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(6)                                    「石室(いしむろ)」
    抜け穴とか、金蔵とか諸説がありますが、大奥御納戸の脇という場所柄から、
    非常の際の、大奥用の調度などを納めたところと考えられます。
    内部の広さは、20平方メートル。

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(7)                               「松の大廊下跡(まつのおおろうかあと)」
    『殿!殿中でござる!
    
    廊下に沿った襖戸(ふすまど)に「松」と「千鳥」を主題にした絵が描かれていたことから
   「松の大廊下」と呼ばれていました。江戸城で2番目に長い廊下で、畳敷きの立派なものでした。

   今は、松の木があって、江戸時代の面影はないけど、ここに立つと、感慨深いものがありました。

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(8)                       「松の廊下刃傷事件の絵」(ネットからお借りしました)
    「忠臣蔵」でおなじみの元禄14年(1701年)3月14日
    赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が殿中で
    吉良上野介義央(きらこうずのすけよしなか)への刃傷事件(にんじょうじけん)を起こした場所です。


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(9)                      「富士見櫓」
    
江戸城旧本丸の東南隅に位置する「富士見櫓」で、将軍が、品川の海や富士山をご覧になったといわれています。
現存の三重櫓は、万治2年(1659年)の再建で、江戸城本丸の遺構として貴重な存在といわれています。
天守閣が明暦3年(1657年)の大火で焼失した後は復旧されなかったので、富士見櫓が天守閣に代用されたと伝えられています。

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(10)                                「大番所(おおばんしょ)」
    
     中之門の内側に設けられ他の番所より格上で,位の高い与力,同心が詰めて警護にあたっていたところです。

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(11)                           「本丸中之門石垣(ほまるなかのもんいしがき」
     現在の中之門は万治元年(1658年)に熊本藩主 細川綱利により再構築された。
     本丸中之門石垣の築石は、35トン前後の重量を持つ、江戸城内でも最大級の巨石が使用され、布積みという技法で積まれています。
     また、この中之門石垣には、本丸御殿への登城口として渡櫓門が配置されていました。

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(12)                                    「白い芙蓉」
    ピンクの芙蓉の中に、白い芙蓉も綺麗に咲いていました。



江戸城遺跡の中心的な所を、ご紹介しました。各説明は「皇居参観ガイド」その他を参考にしています。                                                (2013年10月10日撮影)


ところで、2020年の東京オリンピック開催が決定したことで、「江戸城天守閣」再建の話が出ているそうです。

『「ロンドンはバッキンガム宮殿、北京は紫禁城、パリは凱旋門。世界の都市には、必ずその国の歴史や文化を代表する建造物がある。しかし、東京には……。

「2020年、東京五輪には内外から約1千万人が来訪するといわれています。ですが、東京には日本の歴史や文化を誇る建造物がない。今こそ、日本一壮大で美しい城だった江戸城天守を再建する好機です」

こう力説するのは認定NPO法人江戸城天守を再建する会理事長の小竹直隆氏.

再建費用は、総木造で忠実に復元すると400億~500億円かかる。 巨費を投じることに批判もある。

作家で『江戸城を歩く』などの著書のある黒田涼さんはこう語る。

「経済面だけではなく、精神面での効果もあります。各地のお城は、全国で郷土の誇りになっています。首都・東京の江戸城天守は、日本人の誇りと精神性のシンボルとなりえます」』    (週間朝日より)


皆さんは、いかが思いますか?

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2013.10.20

皇居東御苑


歴史シリーズ、第三弾です。今回は、江戸城です。

1603年に征夷大将軍に任官した、徳川家康が武家政権を創設した。

江戸(現:東京)に本拠を置いたので、江戸幕府と呼ばれ、または、徳川幕府とも呼ばれます。


徳川将軍が実質的に日本を支配した、この260年あまりの期間を一般に「江戸時代」と呼びます。

江戸城は麹町台地の東端に、扇谷上杉氏の家臣太田道灌が築いた平山城です。

近世に徳川氏によって段階的に改修された結果、日本最大の面積の城郭になった

徳川家康が江戸城に入城した後は徳川家の居城、江戸幕府の開幕後は幕府の政庁となります。

1867年(慶応3)、15代将軍慶喜は大政を奉還。

明治維新後の東京奠都で宮城(きゅうじょう)となり、

以後は吹上庭園が御所、旧江戸城西ノ丸が宮殿の敷地となっています。

その東側にある旧江戸城の中心部である本丸・二ノ丸と三ノ丸の『跡』は、皇居東御苑として開放されています。(wikiその他)


そこで、江戸城に思いを馳せて、皇居東御苑を訪れました。入園料は無料。(月)・(金)お休み。

今回で、3回目ですが、撮影目的で、訪れたのは、始めてでした。

皇居東御苑の地図


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(1)                           「江戸城のシンボル・巽櫓(たつみやぐら)と桔梗濠」
   
     桜田櫓とも巽櫓ともいわれ、倉庫や、防御の役割を持った建物。
     江戸城にはこのような二層または三層の櫓が19基あったとの事、
     今ではこの櫓の他に、富士見櫓・伏見櫓の三基が残っているだけです。
     この櫓の左手に桔梗門があります。


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(2)                                      「大手高麗門」
     旧江戸城の正門・・・江戸時代、諸大名は、ここから登城しました。



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(3)                                      「大手渡櫓門」



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(4-1)  「旧大手門渡櫓の鯱(しゃち)」
      1945年(昭和20年)4月 戦災で消失した旧大手門渡櫓の屋根に飾られていた鯱
(4-2)   現代飾られている鯱
                                 クリックすると大きくなります。

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(5)                                       「同心番所(どうしんばんしょ)」

    「番所」とは、警備の詰所のことで、この同心番所と百人番所、大番所の3つが残っています。
      城の奥の番所ほど、位の上の役人が詰めていた。
    江戸城の正門であった大手門から入城した大名が最初に通る番所で,
      与力,同心が詰めて警護にあたっていたところ。
      主として登城する大名の供の監視に当たっていた。  (時代を感じる様に、モノクロにしてみました)

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(6)                                       「百人番所(ひゃくにんばんしょ)」
     江戸城の正門だった大手門から,本丸に入るときの最大の検問所で、
     大手三之門の前に設けられたのがこの百人番所。
     甲賀組,根来(ねごろ)組,伊賀組,二十五騎組の4組が昼夜交代で護りを固めていた。
     各組には,同心百人ずつが配属されていたところから百人番所の名が生まれた。

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(7)                                        「石垣」
     浜松城の石の原型を止めていた、石垣と違って、石が四角型になっています。



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(8)                                        「白鳥濠」
     白鳥はいず、なぜか?白鷺?が、一羽、石垣のほとりに、佇んでいました。



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(9)                         「芙蓉」
     芙蓉が、綺麗に咲いていました。

 
浜松城がアップされたら、江戸城でしょうと、江戸城の面影残る、ここを訪れました。

沢山の人達が訪れていたけど、半分は外国人の方達でした。

で、「旧大手門渡櫓の鯱」のところで、英語で声を掛けられました。

スマホで、シャッターを押して下さい・・・との事。

いきなりなので、ドギマギしてしまいました。でも、何とか撮れたら、感謝して、立ち去りました。

チャイニーズ系かもと思います。                 (2013年10月10日撮影)

アップするのに、延6時間位掛りました。 調べるのが大変でした。

まだ、まだ続きます。  ご訪問有り難うございました。
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プロフィール

梅サクラ

Author:梅サクラ
写真で、日本の季節を捉えて、表現。
人物写真も好きです。
報道写真は、以前ある新聞社のクラブに入って勉強。
映画も良く観ます。映画は心の糧。
宜しくお願い致します。

リンクフリーです。
でも、相互リンクをしたいので、一言お声がけくださいね。

「ブログ内の写真・文章の無断転載は、固くお断り致します」

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