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2014.01.30

京都


京都の旅も4日目となり、最終日となりました。心残りになると思って、やはり嵯峨野・祇王寺を訪れました。
祇王寺は、まだ紅葉も色づきはじめたばかりとの事でしたが・・・。

祇王寺は、清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が、清盛の愛を失ったのち、妹の祇女、母とともに剃髪し隠棲した寺で、
"悲恋の尼寺"としても知られています。

祇王寺は,真言宗大覚寺派の寺院で、旧嵯峨御所大覚寺の塔頭寺院ともなっています。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」の冒頭で知られる「平家物語」。
「平家物語」は鎌倉時代に成立した、平家の栄華と没落を描いた軍記物語です。

平家物語に登場する、祇王(ぎおう)・祇女(ぎにょ)の姉妹は、美しい白拍子(しらびょうし)として評判で、
平家の平清盛が、彼女たちの舞をみて、後に姉の祇王は清盛の寵愛をうけるようになりました。

ある時、白拍子の仏御前(ほとけごぜん)という若い女性が現れたけど、仏御前は門前払いをされてしまいますが、
心やさしい祇王は館へ招き入れました。すると仏御前の舞を見た清盛は、なんと仏御前に心を移してしまったのです。

仏御前が祇王に遠慮すると、清盛は祇王を追い出してしまいました。

しかしその後、歌舞を演じるよう清盛に呼ばれた祇王たちは、その屈辱から母である刀自(とじ)と共に尼となり、
現在の祇王寺で仏門に入ります。

さらに、世の無常を感じた仏御前も清盛の元を去り、祇王らを追ってこの地で尼となり、余生を送ったのです。


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  (1)                                        「祇王寺の門」
     予想以上に紅葉が色づいていました。



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(2)                              「ひっそりと佇む、祇王寺の茅葺きの草庵」




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(3)                                            「斜光」                                                                                                  
      庭は、散り紅葉として有名だけど、まだ、早かったです。でも、緑の苔が綺麗でした。

                                                   京都14(4)変更済

(4)    真っ赤に紅葉していない、木々も風情がありますね。                                                                                                                                                                                                                                        

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(5)                                            「晩秋」                                                                


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(6-1)   「カラスウリ」

(6-2)   「大文字草とカラスウリ」                                                                                                                                             京都14(7)変更済

(7)                                          「繊細な錦秋」 

     同じもみじなれど、このお寺が醸し出す雰囲気に紅葉も、繊細に感じられました。                                                                                                                                                  

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(8)                                  「祇王・祇女・母刀自の墓と清盛公供養塔」
    このお寺の少し小高い所に、ひっそりとありました。 


この祇王寺を訪れたのは、2回目です。前回は、”散り紅葉”が、とても綺麗でした。

目を見張るようでしたが、今回は、早かった様です。

でも、祇王寺の雰囲気を、味わうことが出来て、良かったです。

「平家物語」は、口語訳ですが、学生の頃に、全巻読みました。私は「源氏物語」よりも、心惹かれました。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」

 祇王21歳、妹の祇女19歳、母の刀自45歳。仏御前は若干17歳でした。(出家)

「英雄、色を好む」・・・同じ女性として、4人の女性達の生き方には、涙を禁じ得ません。 

ご訪問有り難うございました。

次回は、「嵯峨野・二尊院」です。 
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2014.01.27

昭和記念公園


閑話休題

京都の写真は、ちょっとお休みして、今回は、ソシンロウバイ(素心蝋梅)

昭和記念公園には、HPにロウバイが600本あると、あったので、駆けつけました。

が、一番樹木が多い、こもれびの里は、まだ開花していず、日本庭園の近くで、5本。

他の地点で、数本のみでした。

ろうそく細工のような花、花全体が黄色で中央部の色の変化のないものはソシンロウバイ(素心蝋梅)です。

ロウバイ(蝋梅)は中央部が暗紫色です。
 
マクロレンズのみ使用。


(日本庭園東園路分岐付近)

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  (1) 青空に、綺麗に咲いていました。まだ満開ではなかったです。

     


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(2)  近づくと甘い香りがしました。




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(3-1)

                                    (3-2)WBを変えてみました。


 
  (B地点)

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(4)  上のソシンロウバイとは、ちょっと違う感じがしますが、
      立て札には、「ソシンロウバイ」とありました。




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(5)  透過光を入れて、花ビラが透き通る様にと挑戦。





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(6)  パンパスグラスが風に揺れていて、綺麗でした。




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(7-1)  穂がキラキラ輝くように、逆光で狙ってみました。

(7-2)  同上




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(8)    太陽も沈み始めました。




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(9)                                     「パパ帰ろう~~ねっ」


     家を出たのが、午後2時30分。ナビをセットしていたのに、道に迷って、約1時間のロス。

     昭和記念公園に、着いたのが、午後3時半頃。閉園は4時半。

     1時間しか残されていず、焦って、歩きました。

     園内は広くて、歩く時間にとられて、正味撮影時間は、約30分。

     風も酷く、体感気温は、低く、とても寒くて、撮影所ではなかったです。

     満足に撮れず、今回の写真を最初はアップする気が起きなかったけど、時季のものなので、敢えて、アップしました。
     割り引いて、ご覧頂ければと思います。   (2014年1月19日撮影)

        ご訪問有り難うございました。

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2014.01.24

京都


今回は、圓徳院(えんとくいん)のライトアップです。

京都市東山区にある、高台寺の塔頭のひとつ。

この圓徳院は、備中国足守藩主で北政所(高台院)の甥にあたる木下利房が、

伏見城の北政所化粧御殿をこの地に移築して自らの邸としたことに始まる。

利房の死後、その菩提をともらう寺となり、利房の院号「圓德院」をそのまま寺号として、高台寺の塔頭となる。

本尊は釈迦如来。開基は三江紹益。

豊臣秀吉の正室・北政所(高台院)が晩年の19年間に自身の本拠地としたことで知られるほか、

一説にはその終焉の地ともいう(wikiより)

高台寺を後にして、台所坂を下り、斜め前に位置する、圓徳院もライトアップしていると聞いて、訪れました。


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(1)                                       「長屋門」

    (長屋門)・・・・ 正門が侍長屋に連結する武家屋敷の様式。木下家の屋敷だった頃の名残。




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(2) 「長屋門」を入ると、 真っ赤なもみじが目の前に・・・思わず、息を飲む。




   ○(南庭)

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(3)                                         「南庭」1
    
      方丈の南西に位置する。方丈の縁側からの撮影。


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(4)                                         「南庭」2




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(5)                                         「南庭」3

      方丈の部屋では、ご住職が、大勢の観光客を前に、説法(せっぽう)をしていました。
      説法(せっぽう)とは仏教において使われている言葉であり、
      僧侶や住職が、聴衆に対して、仏教についての事柄を説き聞かすことを意味する。



   ○(北庭)

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(6)                                        「北庭」1

      北書院の東に位置する。
      賢庭が作庭した、伏見城北政所化粧御殿前庭の、池泉回遊式庭園を移築したものだけど、
      その際に、敷地面積が縮小したことから、これを枯池泉座視式に改めている。


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  (7)                                         「北庭」2

      その後、さらに小堀遠州によって整えられたのが、今日にまで伝わる姿です。
      庭東の築山から、枯滝を枯池に落とした、2島を配置して、これを3本の石橋で結ぶという、
      桃山時代の典型的な、枯山水の書院庭園の趣をもったもので、国の名勝に指定されています。


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(8)                                          「北庭」3

      全体に、巨岩を多数配置し、珍しい庭園としても知られています。

      この壮大な巨岩を配した、庭は、秀吉の好みと聞きます。
      でも、どのようにして、巨岩を運んだのか?謎ですね?




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(9)  圓徳院の、素晴しいライトアップの、余韻を、残しながら、素敵なお店を横目で眺めながら、帰途についた。
     
     さすが、”ねねの道”に存在する建物やお店は、粋な雰囲気を持っていますね。(2013年11月20日撮影)

    
     で、最後に、ご住職は、「豊臣秀頼は、石田三成の子供という説もある・・・・」と言われました。

     そういう話は、以前から聞いた事もあったけど、え?それを言ってしまっていいの?と、思わずギョッとしました。  

      でも、考えてみると、秀吉に、あれだけ多くの側室がしたけど、懐妊したのは、淀殿お一人。

     現代なら、”DNA型鑑定”をしたら、すぐに分る事だけど、それではなんだかリアルになり過ぎ。

     歴史は、分からない部分もあって、良いのかも・・・。


     今回で、3日目が終了です。  最後4日目の”嵯峨野”方面を残すだけとなりました。

     今日も、ご訪問有り難うございました。

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2014.01.21

京都


銀閣寺を後にして、東山・高台寺のライトアップを見るために、高台寺を訪れました。

高台寺は,京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。

山号は鷲峰山(じゅぶざん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。

豊臣秀吉の正室である北政所(ねね)が,秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、

寺号は北政所の落飾後(仏門に入る)の院号である高台院にちなむ。(wiki)

北政所(ねね)は,天正16年(1588)に従一位に序せられ,慶長8年(1603)に後陽成天皇より高台院の号を賜り

寛永元年(1624)9月6日、76才で亡くなった。


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(1)                    「ねねの道」
     広い道幅いっぱいに御影石を敷き詰めた石畳の道に整備したことで、
     高台寺の西側の道路が生まれ変わり、
     この地で19年の余生を送った”北政所ねね”にちなんで「ねねの道」と名付けられました。


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(2)                                「石塀小路」
     最も京都らしい風情の残る、ねねの道の途中には、風情のある、「石塀小路」があります。




     ねねの路の途中から、台所坂を登って、「高台寺」へと・・・。

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(3)                                      「影」・・・土蔵




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(4)                                      「遺芳庵(いほうあん)」

     田舎屋風の茶室で、近世初期の商人で趣味人であった、灰屋紹益が夫人の吉野太夫をしのんで建てたものという。
     一畳台目の小規模な茶席で、吉野窓と称する、壁一杯に開けられた丸窓が特色です。





 「方丈前庭園のライトアップ」・・・・色々な色が次々と秒単位で、目まぐるしく変わり、撮るのはとても大変でした。

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(5)                                  「波に浮かぶもみじ」1




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(6)                                   「波に浮かぶもみじ」2




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 (7)              「海のうねりの中に、浮かぶ小島」1




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(8)                               「海のうねりの中に、浮かぶ小島」2




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(9)                 「海のうなりの中に、浮かぶ小島」3




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(10)                                   「海原(うなばら)」

       以上は、私の独断と偏見による、解釈でした。





   「「臥龍池(がりゅういけ)」の紅葉」・・・・池の水鏡に写っている、紅葉は、息を飲む程美しく、しばし見とれました。

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(11)                                     「水鏡に映る紅葉」1




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(12)                                     「水鏡に映る紅葉」2




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(13)                        「水鏡に映る紅葉」3







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  (14)                          「開山堂を背景に・・・」
  
      開山堂(重要文化財) - 書院の東方、庭園内に建つ入母屋造本瓦葺きの禅宗様の仏堂
      慶長10年(1605年)の建築。元来、北政所の持仏堂だった。


お百姓さんから、織田信長の草履取り、そして、天下人になった、太閤・秀吉のストーリーは、
映画やドラマにもなり、興味深いものです。

そして、秀吉の正室・北の政所(ねね)さんが、側についていた故とも思えます。

「北政所はただ「糟糠の妻」として大きな発言力をもっていたのではなく、

卓越した管理能力と繊細な外交手腕、そして調停などには不可欠な大局を見定める眼という、

きわめて高度な政治力を身につけた当時としては傑出した女性で、

その存在は単なる「天下人の妻」を大きく越えたものだった」とwikiにかかれているけど、

以前から、ねねさんに興味を持っていた、私は、念願の「高台寺」を訪れる事が出来て、本望でした。

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2014.01.17

京都


京都の旅の再開です。日本を代表する、東京・銀座から、一気に1000年の都・京都へ・・・と,戻ります。

今回は、「慈照寺・銀閣」です。

正式名称を東山慈照寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。

銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったといわれています。

室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とし、

義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。(HPより)

足利将軍家は、足利尊氏(あしかがたかうじ)が祖で、氏は、鎌倉幕府の御家人の次男として誕生した。

足利 尊氏は、鎌倉時代後期から南北朝時代の武将で、室町幕府の初代征夷大将軍。

「慈照寺・銀閣」は、世界文化遺産にも登録されています。


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(1)                       「哲学の道」
    
     哲学者・西田幾多郎氏がこの道を散策しながら思索にふけったことからこの名がついたと言われる。
     「思索の小径」と呼ばれていたものが、いつしか「哲学の道」と呼ばれるようになったとされ
     1972年(昭和47年)に正式な名称となった。日本の道100選にも選ばれている散歩道。


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(2-1) 「おいでやす」 銀閣寺参道にて・・・

                                               (2-2) 「総門」 ワクワクしながら、門を潜ります。


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(3)                                  国宝「観音殿(銀閣)」




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(4)                                      「光るススキ」
     丁度、雲の晴れ間より、日の光が射していて、キラキラ輝いていました。
     空を見上げては、雲の動きを観察しながら、撮影。



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(5)                      「銀沙灘より、向月台、銀閣」
    右側は、観光客が大勢いて、なるべく入れないように、苦心惨憺。



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(6)                                         「向月台(こうげつだい)」
    富士山がモチーフになっているとか、この上に座って銀閣寺の背後の月待山に上る月を待ったとか、
     
    月光を反射させその明かりで庭を愛でるようにつくられたとか、言われています。高さは180cm
    

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(7)                                         「銀沙灘(ぎんしゃだん)」
       白砂を波状に整形し、月の光を反射させるために整備されたといわれている。
       
       高さは、66cm
.

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  (8)                                        「 山の中腹の見事な紅葉」
     
      前日の急な冷えで、一気に色づいたそうです。この日訪れた私は、幸運でした。



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(9)                                          国宝「東求堂(持仏堂)(とうぐどう)」

       東求堂は本来持仏堂、即ち阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂。
       
       東求堂 は現存する最古の典型的な書院造りのたてもの。
 
       


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(10)                                     「展望台よりの眺め」
      観音堂・銀沙灘から、市街も見えて、素晴しい光景でした。
       
     「絶景かな!絶景かな!」・・・南禅寺三門で、言えなかったので、ここで言ってみる。


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(11)                「帰路」

     充分堪能しました。


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(12)                                  中腹の「錦秋」1




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(13)                                  中腹の「錦秋」2




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(14)                                  「観音堂(銀閣)」
       やっと着きました。





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(15)                「火灯窓ともみじ」1




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(16)                                  「火灯窓ともみじ」2


先を急ぐので、「銀閣寺」を今回で終わりにしたいので、枚数が多くなり、お疲れになられたと思います。
失礼しました。                                (2013年11月20日撮影)

次回は、太閤秀吉の、御台所・ねねさんの「高台寺」のライトアップです。            


前回、ブログに時間が掛り過ぎなどと、つぶやいたら、"同じく・・・"と共感して下さった方がたもいました。

皆さん、本当に、大変な御苦労をされているのですね。私だけではなかったのです。

また、"大変でも、このスタイルを保って下さい。楽しみにしています”と、応援や激励のメッセージなども頂きました。

また、それぞれの方達が、「ストレート・カーブ・時には、フォーク」と玉を投げ返して下さいました。

うふふ、以心伝心の方もいました。本当に有り難うございましたm(_ _)m

私も、考えたら、「梅サクラ流」でしか、出来ないと思いました。

西田幾多郎氏が詠んだ歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」の石碑が、

哲学の道、法然院の近くに、あるそうです。私など、足元にも及びませんが、この様に行きませしょうか?

では、すっかり、お騒がせしましたが、これからも宜しくお願い致します。

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2014.01.13

新年


東京銀座のお正月風景、第二弾です。


銀座は、日本最大の繁華街であり、下町の一つでもあります。

東京屈指の高級な商店街として、日本国外においても、戦前よりフジヤマ、ゲイシャ、ミキモト、赤坂などとともに知られています。

「銀座」の名は一種のブランドになっており、全国各地の商店街には「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見受けられる。

また、銀座四丁目交差点周辺は、商業地として日本一地価の高い場所としても知られています。(wikiより)


では、中央通りから、みゆき通り、並木通り、西銀座デパート、LUMINE、有楽町へと向かいます。


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  (1)                             「STAR JEWELRY the shop GINZA 銀座店」
     銀座6丁目、銀座中央通りにほど近いみゆき通りの角地に立つ、スタージュエリーの新たなフラッグシップショップ。
     ガラス張りのモダンな外観とクラシカルで重厚な店内の装飾。
     プラチナジュエリー、ダイヤモンドジュエリーを豊富にラインナップ。
     星のアイコン"Star of Ginza"をモチーフにしたジュエリーもある。
     
     建物が、まるで宝石箱のような雰囲気で、キラキラ。思わず目に留まったので、シャッターを切りました。

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(2-1)      「CHANELのウインドウ」

                          (2-2) ブランドの名前は分りませんが、素敵なファションのウインドウでした。



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(3)                                        「並木通り」
      歴史がある銀座故か、日の丸が、お店ごとに、通りに掲げてありました。
       (他の東京の街では見る事が出来ません)



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(4-1) ハリウッドのスター・ニコラス・ケイジが、
      ドイツの高級文具メーカー製”モンブラン”の時計を宣伝

                                    (4-2)     「風月堂」
                                     
                                     銀ブラしたら、「風月堂」でお茶するのがコースです。   
                                     マダム達で、混んでいます。お値段もよいので、
                                     滅多に入れないですが・・・。 
                                   
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(5)                                  「家路へ」1
     銀ブラも終わり、家路へ・・・。

     西銀座デパート前にて・・・。

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(6)                     「家路へ」2
     若者達は、自転車に乗って・・・。
     
     LUMINE前にて・・・。




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(7)     LUMINEの間を通って、有楽町駅に向かったら、
      
       な、なんと、グリーンのイルミネーションに出会って、驚き、ワクワク♪               


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(8)     「LUMINEのビルと、グリーンのイルミネーション」




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(9)                                    「東京交通会館」

     やっと、有楽町駅前に着きました。沢山の人達で賑わっていました。
     「イトシアビル2階の「珈琲館集」でお茶して帰りました。        
                                       (2014年1月2日撮影)


2日は、皇居(一般参賀)→東京駅→渋谷(初参り)→銀座(写真撮影)→有楽町→池袋→帰宅

東京の街を半周位したのかしら?

密度の濃い新春の1日でした。3日はさすが、ダウン。

で、予想して、4日にブログ開始を予定していました。

今回で、銀座は終了です。

銀座というと、敬遠と言う気持にもなりますが、私は、銀座では買い物しません。出来ないですね。笑)
普段とは違う、世界の華やかさを楽しめば良いかと思います。


昨年は、一つの記事に、アップ・ご訪問・お返事と、延約13時間位掛っていました。

時間が掛りすぎで、ブログが楽しいけど、重荷も感じてきました。家事も怠り、他の事もなかなか出来なくて、
で、ブログを辞めようかとも考えた事もあります。

でも、せっかく、お知り合いになった皆さんと、縁をきってしまうのも、寂しいと思い、
今年は、もう少し時間を短縮出来る様に出来たらと考えています。
「いいかげんが、好い加減」と母が、生前話していましたが・・・。
これからも、3日に一回位の割合での、マイペース更新になりますが、宜しくお願い致します。

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2014.01.10

新年


毎年、都内に初参りに行って、帰りに映画を見るのが、新年のコースになっていました。

映画は近くのシネコンでは見ること出来ない、ミニシアター系の映画を上映するので、楽しみなのです。

有楽町か日比谷の映画館でしたが、時間があるので、銀座方面に行ったら、

お正月風景が、店内の飾り付け始め、あまりにもお洒落で、素敵で、すっかり魅了され、

初参りに行った帰りに、銀座に通っていました。

今年は、皇居へ参賀→渋谷・初参り→銀座になりました。銀座は、今年で5年目です。

東京銀座のお正月風景をお届けします。


「銀座」の地名は、江戸時代の「銀座役所」に由来します。

1603年に江戸幕府をひらいた徳川家康は、駿府にあった銀貨鋳造所を現在の銀座2丁目に移しました。

その場所の正式な町名は新両替町でしたが、通称として「銀座」と呼ばれるようになったのです。

銀座は400年にわたり国の近代化をけん引し続けてきた、日本一の商業地区です。

銀座はアート、ファッション、食文化、科学と技術、そして世界の流行の発信地であるクリエイティブな社会です。
銀座は、文化的に開かれており、深みを持つとみなされています。銀座のもう一つのみどころは熟練の職人技です。
職人たちは芸術性と技術、そしてサービスの質を維持するため、心血を注いでいます。(HPより)


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  (1)                        「御木本パール店」1
     毎年、お店の入り口に、「門松」が飾られています。




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(2)                                    「御木本パール店・ウインドウ」2
     このウインドウのデスプレイも、毎年変わり、いつも素敵です。




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(3)                                     「御木本パール店」3
     入り口の手前にも、毎年違うデスプレィが飾られています。





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(4)                                      「銀座通り」1
     「木村屋総本店」前辺り。
     木村屋総本店が最初に”あんぱん”を作ったのですね。

     ◎ 木村屋総本店の”あんぱん"の説明
       「あんパンには塩漬けされた「桜の花びら」がポイントで、
        イースト菌ではなく酒種酵母が使われている、
        日本で最初に「あんぱん」を生み出した格式あるパン屋の努力の賜」(piyopapaさんより)

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  (5)                   「銀座通り」2




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(6)                    「銀座通り」3
     沢山の人達で、賑わっていました。




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(7)                             「田崎真珠銀座店・ウインドウ」1




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(8)                             「田崎真珠銀座店・ウインドウ」2
     喉から手が出たいけど、ただウインドウショピングするのみ・・・。




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(9-1)  「ソニービル」数寄屋橋交差点横。

(9-2)  ピラミッド型の展示物は、色々な色に一瞬で、変化します。ピンク・グリーン・赤etc・・・と。
       とても綺麗で、目を惹きました。さすがソニー!!


お正月2日でしたが、沢山の人達が、ショピングなどで、大変賑わっていました。

丁度、銀座4丁目付近には、有名な「和光」や「三越デパート」があり、どのお店もさすが、格式を感じます。

私は、いつも買い物せず、写真を撮るのみです。

(続きます)                               (2014年1月2日撮影)

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2014.01.07

皇居


初めにアナウンスがあります「お出ましになられます」と。 そして、いよいよ、お出ましになられます。
それまでざわざわしていた、長和殿前が、し~んと静かになります。

そして、国民に向かって、お手を振られて、その後に、天皇陛下の「お言葉があります」


「天皇陛下のお言葉です」

「東日本大震災から3度目の冬が巡ってきましたが,放射能汚染によりかつて住んでいた地域に戻れずにいる人々や,
仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々など,年頭に当たり,被災者のことが改めて深く案じられます。

昨年も,多くの人々が様々な困難に直面し,苦労も多かったことと察していますが,
新しく迎えたこの年に,国民皆が苦しい人々の荷を少しでも分かち持つ気持ちを失わず,
助け合い,励まし合っていくとともに,世界の人々とも相携え,平和を求め,
良き未来を築くために力を尽くしていくよう願っています。

雪の深くなる季節,屋根の雪下ろしの事故には十分に気を付けてください。
本年が,我が国の人々,そして世界の人々にとって幸せな年になることを祈ります。」


陛下がお言葉を述べている間、皇后陛下は、天皇陛下の方をお向きになります。
そのお姿を見ると、皇后陛下はまさしく、日本の女性の鏡だと思います。涙ぐむ人もいます。

陛下のお言葉が胸に響きます。



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(1)                                    「お出ましです」

     天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下,眞子内親王殿下

     何しろ混雑していて、やっと撮った写真です。大分カットしているので、
     ノイズが酷いです。ご理解下さい。

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  (2)                                    「御挨拶」

     国民にお手を振られて、御挨拶されます。

     逆光ですし、前の人達の頭の隙間から、撮ったと思うけど、撮った瞬間を覚えていませんでした。
     枚数を撮る余裕もなかったです。






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(3)                                     「帰途に着く人々」
     「宮内庁庁舎」の前は、年2回の一般参賀(新年(1/2)、天皇誕生日(12/23))のときに、
      建物の近くを通ることができます。
     
     この宮内庁庁舎は、1935年(昭和10年)に建てられた建物で、庁舎3階は1952年(昭和27年)に改装され、
     1968年(昭和43年)年の新宮殿落成までの間、仮宮殿として使用されていました。


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(4)                    「新春の後ろ姿」

      参賀された、女性の方の着物姿が、あまりにも綺麗で、素敵で、目を奪われました。



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(5)                                       「富士見櫓」

     前回、東御苑側から、撮影した写真を載せましたが、今回は、反対側からです。

     江戸城旧本丸の東南隅に位置する「富士見櫓」で、将軍が、品川の海や富士山をご覧になったといわれています。
     現存の三重櫓は、万治2年(1659年)の再建で、江戸城本丸の遺構として貴重な存在といわれています。
     天守閣が明暦3年(1657年)の大火で焼失した後は復旧されなかったので、
     富士見櫓が天守閣に代用されたと伝えられています。


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(6-1) 大木の「千両」   大木で目に付きました。

(6-2) 「千両」 
                              クリックすると大きくなります。

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(7)                                      「皇宮警察本部」(旧枢密院庁舎)
     
    皇宮警察本部は、天皇皇后両陛下や皇族各殿下の護衛と皇居、御所、御用邸などの警備を専門に行う警察です。
    職員は、皇宮護衛官、警察庁事務官及び警察庁技官で構成され、身分はいずれも国家公務員です。
    
    皇宮警察本部は、明治19年 (1886年) 、 宮内省に皇宮警察署として誕生しました。
    その後、幾多の組織的な変遷を経て、昭和29年 (1954年) 新警察法制定に伴い警察庁の附属機関となり、
    「皇宮警察本部」 と改称されて現在にいたっています。
     創立以来、皇室守護を目的とした国家機関で、大きな使命と伝統を持つ機関です。


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(8)                                 「東京駅へ向かう人・人・人」
     桔梗門(ききょうもん)より、退出し、桔梗濠沿いを歩いて、帰ります。
     右側の青いテントの中に、色々なお土産物が並んでいました。



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(9)                                  「旧東京銀行集会所」
     大正5年建築 レンガ造り2階建て、設計者は、松井貫太郎氏 
     千代田区丸の内1丁目
     東京駅までの、道すがら、レンガ造りの建物が、目に入ったので、すかさず、シャッターを切る。


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(10)                                  「東京駅に着きました」

      アップするのに、また3時間位掛ってしまいました。
      間違ってはいけないので、神経を使います。

     この日は、この後、東京駅から渋谷に向かい、初参り。
     
     東急デパートのレストランで、遅めの昼食を取って、
     
     次は、地下鉄・銀座線で、銀座へと向かいました。
     毎年「新春の銀座風景」を撮っているので・・・。             (2014年1月2日撮影)

      で、次回は「銀座の新春のお正月風景」です。

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2014.01.04

皇居


一月2日に、「新春一般参賀」で、皇居に行ってきました。

スッキリと青く晴れ渡り、正に日本晴れ、風もなく、穏やかな新春の日でした。


(宮内庁公式サイトでのタイムテーブル)

期日 平成26年1月2日
参入時刻 (午前9時30分~午後2時10分)
参入門 皇居正門(二重橋)
退出門 坂下門,桔梗門(ききょうもん),乾門
お出まし(予定)
○第1回及び第2回は,天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下始めお出ましになれる成年の皇族方
○第3回以降は,天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下,眞子内親王殿下
   第1回 午前10時10分頃
  第2回 午前11時00分頃
   第3回 午前11時50分頃
   第4回 午後1時30分頃
   第5回 午後2時20分頃

私は、午後1時30分頃の第4回に参賀しました。

お出ましは、宮殿・長和殿のベランダです。

参賀の人達のコースは、皇居前広場〜正門石橋〜正門〜正門鉄橋(二重橋)〜長和殿ベランダとなります。


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  (1)                                「男装の麗人」(警視庁騎馬隊員)1

      警視庁の交通部第三方面交通機動隊に所属し、馬に乗って活動するおまわりさん。
       検問所へ行く前に会えました。


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(2)                  「男装の麗人」(警視庁騎馬隊員)2

        白馬に跨り、とにかく格好よかったです。




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(3)                                       「参賀行列」1

    まず、検問所で、警察官による、手荷物検査を受け、
    次に進んで、金属探知棒で、ボデイチェック。そして、警察官によるボディチェック。
    
    その後、数列に並んで、一路、長和殿を目指します。長~~い行列が続きます。


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(4)                                        「参賀行列」2

    正門石橋→正門→正門鉄橋を渡ります。
    ベビーカーは優先されます。
    
    正門を潜ると、スピーカーから、『春の海』などの、日本の曲が流れてきて、
    新春らしい気分は、更に盛り上がってきます。
    

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(5)  この「正門鉄橋(二重橋)」を渡って、伏見櫓の石垣の間を歩いて行くと、
     
     天皇皇后両陛下・皇族方がおでましになる「長和殿」が見えてきます。
     もう建物が見えただけで、心が浮き立ちます。


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(6)                                          「伏見櫓」
     いつもは遠くから見ていた、伏見櫓も、こんなに近くで見る事が出来ます。

     江戸城築城の第二期(三代将軍家光の時)の寛永五年(1628年)に
     京都伏見城から移築したものと伝えられています。別名で「月見櫓」とも呼ばれており、
     皇居で最も美しい櫓と言われ櫓の高さ約13.4メートルあります。
     石垣も櫓も堅牢に出来ており関東大震災でも崩れませんでした。(皇居参観ガイド)




参賀の人達は、一般の家族です。お年を召した方達もいますが、若い人達も沢山いました。
 また、外国人達もいました。西洋人・中国人・韓国人・アジア人etc.

  一日の参賀数は、平成6年(前の年に、皇太子殿下御成婚)以来、平成で2番目に多い、8万1500人でした。
 
 私は、今まで、12月23日の「天皇お誕生日」に4年続けて、参賀していたけど、
 今年の新春一般参賀は始めてでした。
 23日よりも、凄い人達で、写真を撮るどころではなかったです。

 続きます。次回はいよいよ、お出ましになります。                (2014年1月2日撮影)

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2014.01.01

新年


明けまして おめでとう ございます。

 新しい年を迎えることが出来ました。気分も一新して、希望が持てますね。

 ワクワクします。今年は、どのような出会いがあるでしょうか?

 どのような被写体と巡り会えるんでしょうか?

 以下の写真は、新宿の花屋さんです。全ての写真に、獅子舞が入っています。

 獅子舞とは・・・。
  
  獅子頭を頭にかぶって舞う伝統芸能。 獅子舞は、日本各地の正月行事や晴れの日に舞われ、

  幸せを招くと共に厄病退治や悪魔払いとして、古くより伝えられてます。
 
  獅子に頭をかまれると、その年は無病息災で元気で過ごせるという言い伝えがあります。


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(5)


以上です。ここを訪れる方達が、幸多かれと祈ります。

では、本年もよろしくお願い致します。  ご訪問有り難うございました。 

初詣にお出かけしたりするので、 4日より、通常運転をしたいと思います。 

 で、コメ覧を閉じさせて頂きますね。

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プロフィール

梅サクラ

Author:梅サクラ
写真で、日本の季節を捉えて、表現。
人物写真も好きです。
報道写真は、以前ある新聞社のクラブに入って勉強。
映画も良く観ます。映画は心の糧。
宜しくお願い致します。

リンクフリーです。
でも、相互リンクをしたいので、一言お声がけくださいね。

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