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2012.06.28

鹿児島


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『俺は、君のためにこそ死ににいく』(おれは、きみのためにこそしににいく)は、

2007年5月12日に公開された日本映画作品。総制作費18億円。


石原都慎太郎都知事は、生前の鳥濱トメさんと交流があり、この映画の製作・脚本を手がけています。

都知事に寄る脚本は、彼女が生前のこした貴重な証言に忠実に描いています。

祖国の歌「アリラン」を最後に歌って、堂々と飛び立っていった青年から、

わずか10代で太平洋の藻屑と散った少年まで、実話ならではの重さが胸を打ちます。



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石原慎太郎氏脚本、製作の映画『俺はきみのためにこそ死にいく』の記念碑

富屋食堂近くにあります。




公開時に映画館では見逃し、後にTV放映の時に、しっかりと鑑賞しました。

以下、拙いですが、私のこの映画の感想文です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

特攻隊で命を落とした青年達と、

彼らを母親のように見守った鳥濱トメさんの物語です。


”1945年 知覧 無残にも美しい青春があった。

そして、彼らを心で抱きしめた女性がいた。”


知覧で、軍指定の「富屋食堂」を営み「特攻の母」と言われた、

鳥濱トメさんの視点から、特攻隊員を描いた群像劇です。


出撃・帰還を何度も繰り返し、非難をあびる者。


そして、出撃前夜、特攻隊員達は、各々が最後の夜を過ごす。

家族と会う者。

トメさんに「自分はほたるとなって帰ってくる」と話す人。


終戦後、贖罪の意識に苛まれながら、生きている特攻隊員。


印象に残ったシーンは、多々あるけど、特に、玉子どんぶりが好きな隊員に、

トメさんの着物を、娘が質屋に持って行って、お金と交換して、

玉子を買ってきて、玉子どんぶりをつくって食べさせる所でした。


「靖国で会おう」と言って、愛する人を守るために、

若き命を亡くした特攻隊員達。


この映画にも「ほたる」のエピソードは出てきます。


涙なしには、この映画を観ることは出来ません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。



映画『俺は君のためにこそ死ににいく』




予告編です。お時間がある方は、ご覧になってみて、いかがでしょうか?






最後までお付き合い頂き、
有り難うございましたm(_ _)m

今回で、特攻隊関連の記事は終わりです。
次は、花菖蒲になります。





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2012.06.26

鹿児島


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知覧の特攻隊員から「おかあさん」と呼ばれた、鳥濱トメさん。

知覧特攻基地が特に有名なのは、このトメさんのご尽力のたまものなのです。

そして、特攻の母と呼ばれ、平和観音堂の建立にもご尽力された。



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鳥濱トメさんが知覧で、戦時中、営まれていたのが【富屋食堂】です。

映画『ホタル』の時に再建され、現在は資料館です。

「ホタル館」とも呼ばれています。


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富屋食堂を開業したのは、昭和4年の事でした。

大東亜戦争末期、「富屋食堂」は帝国陸軍指定食堂となり、

そのために沢山の特攻隊員が訪れるようになったのでした。

そんな隊員たちを我が子のように可愛がりました。



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                       開聞岳 (薩摩富士と呼ばれている)


知覧基地を発進した特攻機は,機首を開聞岳に向けて一周して、南海の空に消えて行った。



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宮川三郎少尉


1945年6月、出撃の前夜、特攻隊員の宮川軍曹は『小母ちゃん、死んだら、また小母ちゃんのところへ、


明日の夜9時頃、ホタルとなって戻ってくる、その時は同期の桜を歌って欲しい』と


鳥濱トメさんに言い残して、鹿児島県知覧基地から出撃していった。


ところが次の夜9時頃に、トメさんの家に、本当に一匹のホタルが入ってきたのです。


で、トメさんが『皆さん、このホタルは宮川サブちゃんですよ』と言ったら、


『本当かね?おばさん』といって、みんなで“同期の桜”を歌いました…』




この逸話が元で、映画が作られた。

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元特攻隊員と、病に冒され余命いくばくもない妻との夫婦愛。

昭和の終わりを背景として描いた、高倉健主演の映画。




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富屋食堂裏手の建物の中にあります。




最後までお付き合い下さいまして、
有り難うございました。m(_ _)m


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2012.06.23

鹿児島


5月3日、「知覧特攻基地戦没者慰霊祭」に参加するために、南九州市知覧へ行ってきました。
正に、五月晴れ、これほどない、慰霊祭の日になりました。


「知覧特攻平和会館」

この会館は、大東亜戦争末期(太平洋戦争)の沖縄戦で、
人類史上類のない爆走した飛行機もろとも敵艦に体当たりした、
陸軍特攻隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示して,
当時の真情を後世に正しく伝え、恒久平和に寄与するものです。

この沖縄戦で、特攻戦死された方達は、1,036名になります。
20歳前後の若い隊員たちでした。(チラシより)


この会館には、若い人を始め、沢山の人たちが訪れていました。

隊員達の達筆な手紙、遺書の知識の高さ。教養の高さ。

写真に映っている、彼らの死に赴く前の表情の屈託なさ、笑顔を、

涙なしには、見る事が出来ませんでした。


小泉元総理も、以前、ここを訪れて、「号泣した」と話していました。


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「とこしえに」銅像

”み霊のとこしえに安らかならんことを祈りつつ

りりしい姿を永久に伝えたい心をこめて

ああ、開聞の南に消えた勇士よ”


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                      "やすらかに”銅像

                   特攻隊の若い命は、再び帰らず。
                
                    出陣の時間まで求めたであろう母の姿。
                
                   この晴れ姿をせめて母上に最後の別れを、お礼を一言。
   
                   胸も張り裂けそうな、その心情は母もまた同じであったろう
                
                   今ここに立つ母の姿
                
                   とこしえに母と共に安らかに
                
                   母の暖かい胸で
                
                   御霊の安らかんことを



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                            「開聞岳 (薩摩富士)」

薩摩富士と言われるほど、美しい姿です。

地元の人曰く、「山の頂上に雲が掛かっている事は、滅多に見られない」との事でした




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                             一式戦闘機「隼」(はやぶさ)


大東亜戦争において、陸軍の主力戦闘機として活躍した

一式戦闘機「隼」Ⅲ型甲をモデルに当時の資料や少飛会の姿見を取り入れて、

忠実に復元製作され、

映画『俺は君のためにこそ死ににいく』で実際の撮影に使用された「隼」を展示。

「隼」は当時知覧の特攻基地からは、九七式戦闘機に次いで多い120機が飛び立っている。




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                                   三角兵舎


三角兵舎は特攻隊員の宿舎であり、敵の目を欺くため、松林の中に半地下壕をつくり、

屋根には杉の幼木をかぶせ擬装してあつた。

各地から集まった隊員はニ~三日後には雲のかなた沖縄の空に散華され、

出撃の前夜は、この三角兵舎で壮行会が催され、酒を汲みかわしながら隊歌をうたい、

薄暗い裸電球の下で遺書を書き、また別れの手紙等をしたためて、出撃して征った。





息子を、見送った母の心は、いかばかりであったか?

この方達の尊い犠牲の上に、今の平和な日本があることを、

もう一度、噛みしめるのでした。



最後までお付き合い下さいまして、
有り難うございましたm(_ _)m



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2012.06.21

鹿児島


知覧に向かう途上の高速道路休憩所にて、5月3日に撮影したものです。

5月7日に、今年500回目の爆発を起こし、 観測をはじめた1955年以降、最速だそうです。


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(桜島の噴火)

桜島は約26,000年前に誕生、現在までに大規模な噴火を17回も繰り返しています。

桜島最大の噴火は、今から約13,000年前の大噴火、
その際には、現在の鹿児島市内で 1m以上もの火山灰が積もったようです。


「記録に残る 桜島の噴火の歴史」

708年(和銅元年) 記録が残る最古の噴火「隅州向島湧出」と記録される。

764年(天平宝字8年)天平宝字噴火 1471年(文明3年)文明噴火

1779年(安永8年)安永噴火 降灰は江戸まで達する。

1797年(寛政9年)降灰による農作物被害 大飢饉

1914年(大正3年)大正噴火 30億トンの溶岩流で桜島と大隈半島が陸続きとなる。
降灰はカムチャッカ半島まで。

1946年(昭和21年) 昭和噴火


桜島は現在も日本で一番活発な活動を続ける活火山です。




最後までお付き合い下さいまして、
有り難うございました。(^-^)


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2012.06.17

鹿児島


5月連休に、鹿児島に三泊四日で行ってきました。

前に「鹿児島を訪ねて」「猫神神社」「仙厳園の自然」と記事をアップしました。

引き続き、鹿児島の写真をアップしていきたいと思います。



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                         鹿児島市街と桜島。城山より

この城山からの桜島の眺めは、最高とされています。

桜島は現在も活動をしている活火山で、北岳・中岳・南岳によって形成されている 。

桜島は、大正3年の大噴火で、約1ヶ月にわたり30億トンもの溶岩が流出し、
大隅半島と陸続きになったそうです。




では、5月4日に撮影した,桜島の勇姿をご覧下さい。

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良く晴れていて、綺麗な桜島でした




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                         知覧に向かう途上の高速道路休憩所にて



右側に、桜島の噴火が見て取れます。

5月20日から21日にかけて爆発的な噴火が相次ぎ、
平成18年以降、24時間の降灰量としては最も多い量を観測し、

桜島は、21日午前9時までの24時間に爆発的な噴火が4回起き、
鹿児島市内にある鹿児島地方気象台では、
1平方メートル当たり733グラムの火山灰が降ったことが観測されたとのことです。

車の屋根は降灰で、真っ白に積もり、
ニュースの映像を見ると、傘を差して,歩く人たちも見受けられました。


鹿児島の方達のご苦労が偲ばれます。


私達が鹿児島を訪れたときは,降灰の影響もなく、とても幸運だったと思います。


          

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      林芙美子像(ネットからお借りしました)
      時間が取れなくて、訪れる事が出来なかったのです・・・。


桜島と言えば、林芙美子。

花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき

ここ、鹿児島市古里町は林芙美子の本籍地。
しかし、古里町は、母親キクさんの出身地で、芙美子自身は、下関市で、生まれたそうです。

そして、逆境の中から彼女の文学は生まれています。
代表作「放浪記」、多くの作品を47歳の生涯に残しています。


「放浪記」は長年の”森光子”の当たり役でした。


桜島を舞台にした高峰秀子主演の『浮き雲』もあります。
あるTV局で放映したので、録画してあります。



最後まで、お付き合い下さいまして、
有り難うございました。m(_ _)m




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2012.06.13

智光山公園


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バラ園を見ながら、憩いのひととき。


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芝生広場では、様々な人たちの活動の場です。


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水面を見ながら、何を思う?(ひょうたん池にて)


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こっちでは、悠々と泳ぐ鴨。


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さぁ~、帰ろうかなぁ~~!



最後までご覧頂きまして、有り難うございました(^-^)
また、良かったら、遊びに来て下さいねっ♪


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2012.06.10

智光山公園


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一時、バラ撮影の後に、バラ園から少し引いて、カメラを向けました。


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今度はバラ園を背にして、撮影してみました。


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カメラを構えていたら、あ、こどもが飛び込んできました。


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子供達が、初夏の陽光の中で、楽しそうに遊んでいました。


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長年、子供達を撮ってきた私は、思わずズームイン!!



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2012.06.07

智光山公園


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バラ園には、沢山の家族連れや、お年寄り、お子さんたちも、来園されていました。

午後のひととき、にぎわい、思い思いの時を過ごしていました。

平和な時間が流れていきました。



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「公園に行こう」
http://www.go2park.net/parks/chikozan.htm


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2012.06.07

智光山公園


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智光山公園は、東京ドーム約11個分の広大な敷地に、アカマツ、コナラ、クヌギなど

武蔵野の豊かな自然をそのまま生かして作られた大規模な都市公園(総合公園)です。



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晴れて、気持ちがよいので、本当にひさし振りに、智光山の「バラ園」に行ってきました。


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ばらは何と言っても、花々の女王ですね。美しい花にはトゲがある。まさに・・・。


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花々のアップは普段撮らないのですが、さぁ~、映り具合は、いかが相成りましたでしょうか?


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2012.06.03

青梅多摩川


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多摩川で、写真撮影していたら、ペアがやってきました。



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で、私は思わず、カメラで追っかけ始めました。

このみたけには「みたけカヌー教室」があって、
カヌー・カヤックツア~があるとの事です。

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ハラハラしながら、でもカメラ撮影はしっかり・・・と。

おっと、危ない!?
大丈夫かな?

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あ、あ、あ、遂に・・・。



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リバーカヤックは、川を下りながら岩などの障害物を避けやすいように、

回転性が高くデザインされていて、

その曲がりやすいボートをどうやって操作するかとの事です。


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無事に乗り切りました。
良かったです♪

一部始終を見ていた私は、ほっとしました。

お疲れ様でした。
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プロフィール

梅サクラ

Author:梅サクラ
写真で、日本の季節を捉えて、表現。
人物写真も好きです。
報道写真は、以前ある新聞社のクラブに入って勉強。
映画も良く観ます。映画は心の糧。
宜しくお願い致します。

リンクフリーです。
でも、相互リンクをしたいので、一言お声がけくださいね。

「ブログ内の写真・文章の無断転載は、固くお断り致します」

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