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2013.01.31

東京


東京銀座5丁目の”数寄屋橋公園”に1970年(昭和45年)の大阪万博の「太陽の塔」にそっくりな「若い時計台」が立っています。

でも、この「若い時計台」は、1966年(昭和41年)の4年も早い制作でした。兄貴分ですよね。

岡本太郎氏の「芸術は爆発だ」の掛け声と共に、あのギラッとした鋭い目つきは、強い印象を与えました。

この塔は作られてからすでに40数年経っていているけど、周りの変化にもびくともせず、

時代の流れを感じさせずに、より強烈なインパクトを与えています。

DSC00450.jpg

 (1)                数寄屋橋公園に立つ、夜の「若い時計台」
    昼間見るよりも、夜の時計台の方がより幻想的になって、素晴らしいです!!
    あちこちに延びた角の根元の色々な色の照明が綺麗です。

銀座の太陽の時計台2

 (2) 時計台の顔が、時計になり、シチズン製。
    セイコー時計が銀座は主流なのに、シチズン製というのは謎だそうです。
    顔に確かに「TARO」と入っていますね。

大阪の太陽の塔3

 (3)             大阪万博の[太陽の塔」
    「若い時計台」と比較するために、ネットから、お借りしました。

大阪万博時代は、高度成長期、大阪万博のシンボルタワーとしての、「太陽の塔」は明るく・未来を信じられる様に、輝いていた事と思います。


私が若い時、「どのように生きたら良いか?」などと悩んでいた頃に、岡本太郎氏の著書に出会いました。
氏の本を数冊読み、既成概念にとらわれない、氏の情熱や、激しさ・真摯さが私の胸を打ち、とても共感したのを覚えています。

著作で、例えば”こんぺいとう”のように怒らなくていけない。
日本では、段々年と共に、”人間円く、円満に”が良しとされているけど、時には怒ることも必要ですね。

氏の作品には”座ることを拒否する椅子”などもあります。座っていてはいけない、行動せよ!と言うことかも・・・。氏の理念は激しいです。

で、今、この塔を見て、感じた事は、氏の”こんぺいとう”の理念に合致しているのかも・・・と。
こんぺいとうの角が、この塔の角になっている。

氏の著書「今日の芸術」の中での言葉を紹介します。

「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」

最後まで、お付き合い頂き、有り難うございました。

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2013.01.28

東京


今や、東京にスカイツリーも建設されて、話題がそちらに移った感じはしますが、東京タワーはやはり、東京タワーですよね。

東京タワーは、1958年(昭和33年)に開業。

2008年(平成19年)の12/23(祝)で開業50周年。50歳になりました。

この写真は、純金製の50,000,000円の東京タワーです。

記念に作られたものだと思いますが、

東京・銀座のあるお店のショーウィンドウに飾ってありました。

で、ビックリしたのは、飾ってあったのが、店内ではなく、通りに面した、ショーウインドーだったのです


DSC00337.jpg



東京タワーと言えば、「ALWAYS 3丁目の夕日」という邦画に、正に建設中のシーンが出てきます。




「ALWAYS 3丁目の夕日」は2005年11月5日に公開。

この映画は、昭和33年頃を時代背景に、昔懐かしい、商店街に住む人々達のふれあい・つながりを描いていて、現代、失いつつあるものがそこにあります。

出回りはじめた、モノクロのテレビの前で、大勢の人達が、
力道山の空手チョップに、目を輝かしながら、見つめているシーンもあります。
とても高揚感、ワクワク感があります。

しかし、今・現在は、どうでしょう?
カラーTVへそして、液晶TVへと進歩しましたが、あのモノクロテレビ発売の頃のワクワク感はなくなっています。

安倍政権が「アベノミクス」で、デフレ脱却と努力しつつありますが、まだまだ国民が実感するのは、先になると思いますので、
一足先に、5千万円の純金製の東京タワーで、豪華さを味わってみてはいかがでしょうか?
(2008年12月17日撮影)

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2013.01.25

横浜


ランドマークタワーのスカイガーデンは、高さ273m、地上69階に位置する展望フロアです。

2階ロビーから日本最高速のエレベーターに乗り約40秒(分速 750m)で到着。

視界360度、大きなガラスをとおして見る前方80kmの景色は、関東平野一円の雄大なパノラマが広がり、迫力満点です。(HPより)

大桟橋から、ランドマークタワーのスカイガーデンに移動し、横浜の夜景を楽しみました。

横浜の夜2(1)

 (1) スカイガーデンよりの横浜の夜景(1)    左上に見えるのが、「ASUKAⅡ」号


横浜の夜景2(2)

 (2) スカイガーデンよりの横浜の夜景(2)
 

横浜の夜景2(3)

(3) スカイガーデンよりの横浜の夜景(3)


横浜の夜景2(4)

(4) スカイガーデンよりの横浜の夜景(4)      真下に見えるのが「日本丸」


横浜の夜景2(5)

 (5) スカイガーデンよりの横浜の夜景(5)      みなとみらい21の「大観覧車」


横浜の夜景2(6)

 (6) スカイガーデンよりの横浜の夜景(6)


横浜の夜景2(7)

(7) スカイガーデンよりの横浜の夜景(7)

  時刻は午後7時  大観覧車・ASUKAⅡ号・横浜ベイブリッジetcなど色々と見えます。

では、横浜の夜景を楽しんで頂けたでしょうか?

ガラス越しの、手持ち撮影です。ご理解下さいね。

私は、このランドマークタワーのスカイガーデンは、昼間2回・夜2回ほど訪れたけど、断然夜・夜景が綺麗ですね!!

夏は、「屋形船」が浮かんでいたり、とても情緒がありました。

このタワーはとても高いビルですが、入場料もお高いですね。大人1,000円

これで横浜の夜景シリーズは終了です。
最後までお付き合い下さり、有り難うございました。

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2013.01.23

横浜


横浜港大桟橋に行き、今や横浜の代表格となった、「みなとみらい21」などを撮影しました。

横浜の新しいランドマークタワー始めビル群と、歴史ある赤レンガ倉庫のハーモニー。

新旧の組み合わせが、絶妙で、美しい景観を作っていると思います。

横浜の夜景8

(1)                              「横浜みなとみらい21」
     手前に”赤レンガ倉庫”
  横浜赤レンガ倉庫は歴史的建造物から生まれた、楽しいショッピングやおいしいレストラン、様々なイベントが楽しめる施設です。
  コンサートホールやギャラリースペースなども備え、四季を問わず楽しむ事が出来ます。

横浜の夜景2 (2)

 (2)                                   「ASUKAⅡ号」

  グアムへ向けてクルージング前、横浜港大桟橋に停泊中
  大桟橋は、2階建ての建物で、一階は駐車場、二階は出入国ロビーやイベントホールなど。
  屋上は公園になっており、24時間開放されていますので、落ち着いて夜景を見ることが出来ます。

横浜の夜景3

 (3)                                        「ASUKAⅡ号」


横浜の夜景4

(4)                                         「マリンタワー」
    大桟橋の金網越しに撮影

横浜の夜景5

 (5)                                  「横浜ベイブリッジ1」


横浜の夜景6

(6)                                   「横浜ベイブリッジ2」
    (点灯パターン)
   日没後点灯し、24時までベイブリッジの白色をそのまま照らし出し、24時までの毎50分から正時まで、  
   毎20分から30分までの各々10分間は主塔の先端部約40メートルを青色に照らします。

横浜の夜景7

 (7)                         「コンチネンタルホテルとマリーンリュージュ号」


横浜の夜景1

 (8)                                 「横浜みなとみらい21」


横浜生まれ故、横浜は第二の故郷のような気がして、以前も時々、訪れていましたが、

最近は訪れていないので、今年こそ、是非訪れたいと思っています。

それでまず、昨年の4月下旬からのブログ開始故、それ以前のまだブログに載せていない、横浜を撮影した写真を蔵から、出してきました。手持ち撮影です。
 ****年1月4日撮影

次回は、このランドマークタワーの展望台からの横浜の夜景をアップしますので、
最後までのお付き合い宜しくお願い致します。

ご訪問、有り難うございました。

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2013.01.20

行田市


文化2年(1805年)、近江の地から横田庄右衛門が酒造りに適した水を探して、埼玉県行田の地にたどり着く。
その歴史は、南部杜氏の心意気と技で磨き上げた芳醇な、手造りの酒、横田の酒として今に伝わる。
行田市長野に湧きいずる忍(おし)の名水”福寿泉”と、さきたまの風土から醸される横田酒造200年の造りと味。  (HPより)

この酒蔵は、平成10年~24年までの15年間に、全国新酒鑑評会で、金賞を15回受賞し、埼玉県35社中第1位、全国1,500社中第2位という素晴らしい成績の名蔵なのです。

この蔵の銘柄の一つは、鑑評会に出品する「日本橋」
もう一つは、古代米(赤米)で仕込んだ「浮城」です。
更に、昨年に、映画にちなんだ「のぼうの城」という銘柄が、発売されました。

横田酒造1

 (1)                        「横田酒造のれん」


横田酒造2

 (2)                   「横田庄右衛門社長より日本酒の出来るまでの説明」


横田酒造3横田酒造4

この時期は、杜氏による仕込みの最盛期だったので、内部見学は出来ないで、外から工場の施設の概要を
横田社長から、説明と共に、ザッと見学しただけでした。

(3) 「精米器」玄米で仕入れた酒造適合米(しゅぞうてきごうまい)を精米し、
      目的の大きさになるまで磨いていきます。
                                     (4)「蒸米」        蒸米(むしまい)の作業が始まります                            釜(甑:こしき)の中には、布で仕切られたたくさ んの浸漬後の酒米仕込まれています

         (クリックすると写真は大きくなります。)

横田酒造5横田酒造6

 (5)     「蒸しあがった酒米を放冷機に移す」        (6)「無菌状態と保つために近づけず」
           (クリックすると写真は大きくなります。)

横田酒造7 (2)

 (7)                 「 銘柄の展示室」 これが15年間で金賞13回受賞の”日本橋”


横田酒造8横田酒造9

 (8)(9) 「銘柄展示」           古代米(赤米)仕込んだ、古代酒”浮城” もあります       
(クリックすると写真は大きくなります)

横田酒造10

(10)                                   「 試飲室」
       色々な銘柄が試飲出来ます、一緒に参加したメンバー達は、嬉々として、試飲していました       
       そして、それぞれが気にいったお酒を購入して帰りました。
       
       私はお酒が飲めないので、お酒を仕込むときに用いる”生水”を試飲してみました。
       まろやかで、とても美味しかったです!!

       横田酒造では、何方も、見学・試飲出来ます。お買い上げも出来ます。
       横田酒造   ←横田酒造のHP

マイクロバスを利用しての、行田行きだったので、個人で廻るよりも、各所を訪れる事が出来た様に思います。
でも、写真仲間達ではないので、私は写真撮影に、忙しく、いつも最後になっていました。
時間がないので、考えて撮ったり出来ないので、記録的な写真になったように思います。

私は以前、ある新聞社に頼まれて、日曜版に、時たま、地方のレポと写真を載せていたので、
報道写真的な、癖は抜けないです。

今回をもちまして、「行田めぐりの旅」は終了します。
最後まで、お付き合い下さいまして、有り難うございました。
またのご訪問をお待ちしています。

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2013.01.18

行田市


さきたま古墳公園」は、行田市の市街地から南東へ約1kmに位置し、大きな古墳が集中して数多くあることで全国的に知られています。

今から1300年から1500年くらい前に建造された古墳が、大きなものだけでも9基もあります。

どういう人が葬られているのか、学術的には定かではないようですが、
大昔武蔵の国に大きな勢力を持って支配していた人々・豪族がいたとの事です。

昭和初年に「さきたま風土記の丘」として整備され、昭和51年から県営の「さきたま古墳公園」として活用されることになりました。総面積は26.5ha。

「さきたま古墳公園」の周辺は、「埼玉」という地名が生まれたところでもあります。

私達は、古墳9基のうち、3基訪れました。

そして、あの石田三成が忍城水攻めにために築いた堤は、全長14kmとも28kmとも伝えられているけど、
現在は旧日光街道沿いに282m程残されていて、”石田堤”と呼ばれていますが、そこも訪れてきました。

埼玉古墳群と石田堤1

 (1)                              「瓦塚古墳(かわらづかこふん)」
      ○形状 前方後円墳   ○規模 全長73m、高さ5.1m   ○築造年代 6世紀前半
      ○昭和13年(1938年)国指定    ○古墳群中6番目の大きさ

埼玉古墳群と石田堤2
 
 (2)                           「 二子山古墳(ふたごやまこふん)」   
      ○形状 前方後円墳   ○規模全長138m、高さ14.9m   ○築造年代 6世紀前半
      ○昭和13年(1938年)国指定   ○埼玉県内で最大 
             二つの山があるように見えることからこの名前がある

埼玉古墳群と石田堤3

 (3)                           「 丸墓山古墳(まるはかやまこふん)」
      ○形状 円墳       ○規模 直径105m、高さ18.9m)    ○築造年代 6世紀        
       ○昭和13年(1938年)国指定    ○円墳では全国1位

埼玉古墳群と石田堤4
                            
(4)                           「 丸墓山古墳(まるはかやまこふん)」
     1590年(天正18年)忍城攻略の命を受けた石田三成が丸墓山古墳の頂上に陣を張った。
    三成は忍城を水攻めするため、丸墓山を含む半円形の石田堤を28kmほど作る。
     埼玉古墳群の大型古墳で登ることができるので、頂上まで、昇りました。
        頂上では、見晴らしがとてもよく、忍城御三階櫓を小さく見る事が出来ました。
        三成がここに本陣を張ったのも頷けました。

埼玉古墳群と石田堤5
 
 (5)                               「 石田堤沿いに設置された木製の見晴台」
        石田堤史跡公園(いしだづつみしせきこうえん)内

埼玉古墳群と石田堤5 (2)
 
 (6)     石田堤史跡公園(いしだづつみしせきこうえん)は
       戦国時代の1590年に石田三成が忍城(埼玉県行田市)を攻めたとき水攻めために築かた
        堤(石田堤/総延長28km)跡を中心とした史跡公園です。

埼玉古墳群と石田堤7 (2)埼玉古墳群と石田堤6

 (7) 「石田堤」の松並木                           (8) 「石田堤」

総延長28kmに及ぶ堤をわずか1週間で作り上げたと言われるが、実際には自然堤防や微高地を巧みに繋ぎ合わせたものと思われる。堤が完成した後、利根川・荒川の水を引き入れたが、城にはあまり水が溜まらなかった。
その後、増水したため、堤が決壊して石田方に多数の溺死者が出て、水攻めは失敗に終わった(HPより)


今回は、埼玉古墳と石田堤をご紹介しました。タイムスリップしたみたいです。

大規模な古墳群を見ると、1300年・1500年も前に、この様なものが作られていたと言うことに驚嘆を覚えます。
現在の日本の土木技術が、歴史の基礎の上に築かれているのでしょうか?謎です?

いつも。いつもご訪問有り難うございます。 (2012年12月8日撮影)

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2013.01.12

行田市


行田市が誇る忍城(おしじょう)は関東七名城のひとつに数えられる名城であり、
中でも天正18年(1590年)、石田三成が行った水攻めを耐え抜いたエピソードは、
数々の物語の題材になっています。小説になり、映画『のぼうの城』にもなりました。

そこで行田市は、この地を訪れる観光客の皆様がよりいっそう歴史に
親しんでいただけるよう、戦国時代に秀吉軍と対峙した成田家の勇猛果敢な武将達を
モデルに「忍城おもてなし甲冑隊」を結成致しました。

忍城址(おしじょうし)・郷土博物館を中心に市内各所で観光客との記念撮影、
勇壮な演舞パフォーマンスの披露等を行います。(HPより)

丁度、忍城祉を訪ねた時に、「忍城おもてなし甲冑隊」の演舞のパーフォマンスを見る事が出来ました。

お持てなし甲冑隊1
(1)                  「武将達の出陣の紹介」
         甲斐姫 忍城城主・成田氏長の長女。
         東国一の美女と呼ばれ、文武の道に通じた。

お持てなし甲冑隊2

(2)       正木丹波の守             酒巻靱負(サカマキユキエ)
    (成田家に仕える家老の一人。       (成田家に仕える家老の一人。
忍城攻めの際には、佐間口を守り奮戦した)   忍城攻めの際には、下忍口を守り奮戦した)

お持てなし甲冑隊3

(3) いざ出陣!                       「 演舞1」   


お持てなし甲冑隊4

 (4)               「 演舞2」


お持てなし甲冑隊5

 (5)                「演舞3」


お持てなし甲冑隊6お持てなし甲冑隊7
「 演舞4」                                  「演舞5」

 (6) 正木丹波の守 と敵兵との演舞                   敵兵(う~ん!やられたぁ~~!)
   写真をクリックすると大きくなります。
お持てなし甲冑隊8

(7)                    「 退陣の挨拶」




成田家の3奉行 正木丹波の守・柴崎和泉守・ 酒巻靱負の3人の武将による演舞

丁度この動画と同じ場所での、演舞を見る事が出来ました。
沢山の観客達が、忍城祉を訪れていました。
7月の古代蓮を撮りに、「古代蓮の里」で彼らに出会って、
「忍城おもてなし甲冑隊」を始めて知ったのです。

(お詫び)

元旦にアップした「迎春」の記事が、私の不手際で、削除されてしまっていました。
昨夜(11日)気がつき、慌てて、再現で来たのですが、
皆様から頂いた、大切なコメントがどうしても再現出来ませんでした。
年の始めの大失敗でした。

ここに、お詫び致します。誠に申し訳ありませんでした m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m
以後、バックアップして、絶対大丈夫に致します。
これに懲りずに、またのご訪問・コメントをどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2013.01.10

行田市


のぼうの城1のぼうの城2

 映画『のぼうの城』のワンシーン                     映画『のぼうの城』甲斐姫とのぼう様

 (注) 写真はお借りしました。

のぼうの城3のぼうの城4

 「映画で石田三成(上地雄輔)着用衣装の陣羽織」          「映画で正木丹波守(佐藤浩市)着用衣装の肩衣と袴」
   忍城祉博物館に展示されてありました。

映画感想
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1昨年の3:11の東日本大震災に配慮して、1年延期になり、昨年の11月2日に公開開始された作品です。

天下統一を目前にした豊臣秀吉は、最後の敵となった北条勢への総攻撃に乗り出す。

包囲された小田原城を残し、支城が次々と陥落していく中、周囲を湖に囲まれ“浮き城”の異名を持つ“忍城”にも危機が迫って来た。
しかし、忍城を任せられたのは、武将としての、器が見えない成田長親。
だが、なぜか農民からは慕われて、”のぼう様(でくのぼうの意味)"と呼ばれていた人物。
 
そこへ、秀吉の命を受けた石田三成が総勢2万の大軍をもって、押し寄せてきた。
誰しも、開場すると思っていたが、のぼう様は「戦いまする」と。
誰の目にも絶対的不利な、忍城軍500。対する三成軍2万の大軍の戦いの火ぶたが切って落とされた。
 
のぼう様の幼なじみで、「漆黒の魔神」と恐れられる、正木丹波守や 豪傑・豪腕の 柴崎和泉守。
戦闘シーンも丁寧に描かれてあり、佐藤浩市・丹波守や、山口智充・和泉守のそれぞれの武将達の活躍の見せ場もしっかりあって、二人とも存在感大でした。
 
忍城がなかなか陥落しない状況を見て、石田三成は遂に”水攻め”の命を下す。
この水攻めのシーンが凄い迫力で、圧倒されたけど、
これでは、震災に配慮して、1年延期になったのもうなずける。

遂に「わしは悪人になる」と叫んだ、のぼう様のとった、奇策は、
湖に小船を浮かべて、死を覚悟しての”田楽踊り”でした。
それは、敵方の兵たちも、すっかり虜にしてしまうほどの気迫のこもったもので、正に圧巻でした。
狂言師、野村萬斎の独壇場でした。
 
そして、最後まで落城しなかった忍城でした。
作品は、スケールの大きい、エンターテイメント時代劇であり、
ちょっと漫画チックながら、先の読めない展開に最後まで目が離せなかったのです。
 
クレジットの後に、現代の行田市の光景が出てきたけど、昨年の震災の後に、映画公開延期になっての、
監督自ら赴いて、現代の行田市の様子を撮られたそうです。
 
また、私も、実際のその場所に立つことが出来て、感無量でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


のぼうの城7のぼうの城8

「太公望」                                 「日本庭園の池に遊ぶカモの群れ」
  クリックすると写真は大きくなります。  (水城公園です)

忍城はとても広く大きな城で,取り壊されたあとお堀の跡が、忍沼と呼ばれる大きな沼になったほどです。その沼が埋め立てられて現在の市役所や市立体育館が作られました。
末端部分が「水城公園」として開園したのが昭和39年だそうです。広さ約10.3ha。

http://murasaki659.blog.fc2.com/blog-category-19.html (夏に訪れた時に撮影した、水城公園)

『のぼうの城』予告編


以前一度アップしましたが、再度です。

『のぼうの城』の私の感想文と関係写真を載せました。

映画は良く見に行っています。映画からインスピレーションを受けたりするときもあります。
でも、ここは写真ブログと思って、今まで載せてきませんでしたが、偶には良いかな?と思いまして・・・。

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2013.01.08

行田市


埼玉県行田市にある、忍城址を昨年の12月8日に訪ねました。
まず映画『のぼうの城』を11月公開後に観賞して・・・。

7月に行田市の「古代蓮」を撮りに訪れて、映画が公開されるのを知ったのです。
夏は、古代蓮撮影後、忍城のすぐ近くの「水城公園」まで行ったけど、暑さと疲れで、
忍城祉までたどり着けなかったのでした。

忍城は戦国歴史小説「のぼうの城」の舞台にもなり、映画の舞台にもなった、関東七名城のひとつです。
文明年間(1469~86年)の初め頃に築城され、上杉、北条氏との戦いにも落城せず、
石田三­成の水攻めにも耐え、戦国の世を生き抜いた名城として知られています。

忍城は明治維新の際に壊されましたが、
忍城本丸の跡地に往時の面影を再現した忍城址(おしじょうし)が現代は、整備されています(HPより)


忍城1

 (1)                           「城門」


忍城2

 (2)             「忍城御三階櫓」
    中は博物館になっています。

忍城3
 
 (3)                                「堀」


忍城4

 (4)                             「忍城城主・成田家の家紋」


忍城6

 (5)                         「庭」  まだ紅葉が残っていました。


忍城4

  (6)                                 「忍城」
   石田三成らによる水攻めを受けましたが、この水攻めは失敗に終わり、別の形で開城するわけですが   
   「浮き城の町 行田」とのキャッチフレーズとなって今に残っています。
   「浮き城」とは水攻めされた忍城に由来しています。

忍城5

  (7)                        「水面に映った忍城」

行田シリーズは、数回続きます。

「お持てなし甲冑隊の演舞」「埼玉古墳塚と石田堤」「酒蔵訪問」etcです。
最後まで、お付き合い宜しくお願い致します。

ご訪問有り難うございました。

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2013.01.05

新年


銀座は、日本最大の繁華街であり下町の一つでもあります。

東京屈指の高級な商店街として、日本国外においても戦前よりフジヤマ、ゲイシャ、ミキモト、赤坂などとともに知られています。
「銀座」の名は一種のブランドになっており全国各地の商店街には「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見受けられる。
また、銀座四丁目交差点周辺は商業地として日本一地価の高い場所としても知られています。(wikiより)

銀座のお正月風景・第二段です。

銀座のお正月2-1

  (1)       「日の丸がはためく銀座通り」


銀座のお正月2-2

(2)                「和風な商品を売るお店」


銀座のお正月2-3

  (3)                「靴屋さんのショーウインドウ」


銀座のお正月2-4

  (4)             「銀座四丁目交差点のゆうぐれ」


銀座のお正月2-5

  (5)                 「「酒肴」(ウマイサケ)」1 日比谷
     5時頃から灯りがともりました。

銀座のお正月2-6

  (6)         「酒肴」(ウマイサケ)」2 日比谷
    新鮮な野菜の飾り付けは、お正月のみ。 

銀座のお正月2-7

  (7)                    「酒肴」(ウマイサケ)」3 のショーウインドウ


都内に初参りに行って、帰りに映画を見るのが、新年のコースになっていました。

映画は有楽町か日比谷の映画館でしたが、時間があるので、銀座方面に行ったら、お正月風景が、

店内の飾り付け始め、あまりにもお洒落で、素敵で、すっかり魅了され、初参りに行った帰りに、3年位通いました。

で、撮り貯めたものです。用事のついでの撮影だったので、コンデジでの撮影です。

今回で、銀座のお正月風景は、終了です。

最後まで、ご覧頂きまして、有り難うございました。またのご訪問をお待ちしています。


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2013.01.03

新年


「銀座」の地名は、江戸時代の「銀座役所」に由来します。

1603年に江戸幕府をひらいた徳川家康は、駿府にあった銀貨鋳造所を現在の銀座2丁目に移しました。

その場所の正式な町名は新両替町でしたが、通称として「銀座」と呼ばれるようになったのです。

銀座は400年にわたり国の近代化をけん引し続けてきた、日本一の商業地区です。
銀座はアート、ファッション、食文化、科学と技術、そして世界の流行の発信地であるクリエイティブな社会です。
銀座は、文化的に開かれており、深みを持つとみなされています。銀座のもう一つのみどころは熟練の職人技です。
職人たちは芸術性と技術、そしてサービスの質を維持するため、心血を注いでいます。(HPより)

その銀座のお正月風景を、2回に渡って、紹介致します。

銀座のお正月1-1

 (1)                             「暮れゆく銀座通り」


銀座のお正月1-2

(2)                   「御木本パール店」


銀座のお正月1-3

 (3)                「和光のウインドウ」


銀座のお正月1-4

 (4)                「晴れ姿」


銀座のお正月1-5

 (5)                      「銀座4丁目の花屋さん」


銀座のお正月1-6
 
 (6)     [ちっちゃな、ちっちゃな獅子舞」


銀座のお正月1-7

 (7)                「古式ゆかしいお人形」


都内に初参りに行って、帰りに映画を見るのが、新年のコースになっていました。

映画は有楽町か日比谷の映画館でしたが、時間があるので、銀座方面に行ったら、お正月風景が、

店内の飾り付け始め、あまりにもお洒落で、素敵で、すっかり魅了され、初参りに行った帰りに、3年位通いました。

で、撮り貯めたものです。用事のついでの撮影だったので、コンデジでの撮影です。

2回に渡って、アップしますので、楽しんでください。

2日・3日に渡って、「箱根駅伝」をテレビ観戦しました。
「母校のたすきの重み」「仲間の絆」に毎年、感動させてもらっています。

マラソンでは、ゴールをしても倒れたりしないのに、駅伝では、次走者にたすきを渡すために、
懸命に自分の能力以上に走って、倒れ込む、選手達の姿に、胸が熱くなります。

今回もご訪問有り難うございました。


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2013.01.01

新年


 新年明けましておめでとうございます。

         昨年は色々とお世話になりました。

             本年もどうぞよろしくお願い致します。


DSC00913.jpg

             



DSC00916.jpg

 銀座の[苺大福のお店」

昨年は、ブログをはじめて、訪問下さる、皆様のお力添えによって、夢中で、過ごしてきたように思います。

私が、今まで撮ったこともない、分野の写真を撮られている方達も、大勢いて、興味津々で、拝見させて頂きました。
世の中には、こんなにも、写真を撮られる方達が、いるのだと、驚きもしました。

私はカメラが、フイルムから、デジカメに変って、あまりの写りすぎで、何とも言えない柔らかさがなくなり、などから失望と、再度勉強し治さねば・・の思いから、数年、カメラに興味を失せていました。

1昨年など、365日のうち、写真を撮ったのは、たったの3日でした、それもコンデジでした。

でも、ブログを始めて、皆さまの、写真を拝見しているうちに、ボチボチと、写真をとる興味が沸いてきました。
今年は、どんな写真が撮れるかしら?とワクワクしております。

マイペースですが、本年もよろしくお願い致します。

では、日本にとっても、皆様にとっても、今年1年の更なる飛躍をお祈り致します。

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プロフィール

梅サクラ

Author:梅サクラ
写真で、日本の季節を捉えて、表現。
人物写真も好きです。
報道写真は、以前ある新聞社のクラブに入って勉強。
映画も良く観ます。映画は心の糧。
宜しくお願い致します。

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でも、相互リンクをしたいので、一言お声がけくださいね。

「ブログ内の写真・文章の無断転載は、固くお断り致します」

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